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民事信託の併用で「遺言書以上」の使い勝手を得る
1:民事信託と遺言
民事信託は財産管理と財産承継のための制度であり、遺言は専ら財産承継のための制度です。これらの制度は財産承継の面で重なり合うものですが、両制度を併用することはできます。
なお、委託者の死亡を契機として、死亡時以降に受益者が受益権を取得したり、信託財産から給付を受けたりすることで、あたかも遺贈に近い法的効果をもたらす信託のことを、遺言代用信託と呼んでいます(信託法90条1項)。
2:民事信託と遺言を併用する場合
(1)併用のニーズ
委託者に、信託財産にしたい財産と信託財産にしたくない財産がある場合や民事信託設定時に存在していない財産の承継先を決めたいという希望がある場合には、民事信託と遺言を併用することが考えられます。
後者に関しては、例えば、委託者に年金収入や信託財産としていない不動産からの賃料収入がある場合、その年金や賃料は委託者の財産として貯まっていきます。その委託者の財産は、信託財産とは別に承継先を決めなければなりません。このような場合、委託者には民事信託とは別に遺言をするニーズが存在します。
なお、このような場合でも、委託者が年金や賃料を追加信託し、信託財産とすることは可能です。しかし、追加信託を行うには、委託者に意思能力があることが必要です。仮に、委託者が認知症になってしまった場合には、追加信託を行うことはできなくなります。そのため、民事信託とは別に、遺言を遺しておく必要があります。
(2)民事信託と遺言のそれぞれの特色
民事信託では可能であるが遺言ではできないこと、またその逆もあります。
ア 民事信託ではできるが遺言ではできないこと
民事信託では、遺言では実現することができないとされている「後継ぎ遺贈」と同様の結果を実現できるとされています。
イ 遺言ではできるが民事信託ではできないこと
遺言であれば、信託財産とすることのできない財産(農地等)の処分ができます。
また、遺言により認知(民法781条2項)や未成年後見人の指定(民法839条)などの身分行為について定めることもできます。
(3)民事信託と遺言の前後関係
ア 民事信託の設定後に遺言がなされた場合
民事信託の設定により、信託財産の所有名義及び処分権限は受託者に移ります。その結果、委託者は当該財産の処分権限を失いますので、事後的に、委託者が遺言を作成した場合において、信託財産となった財産を処分する内容の条項は無効となります。
イ 遺言作成後に民事信託が設定された場合
遺言は時系列的に後に作成されたものが優先し、いつでも撤回可能とされています(民法1022条)。また、遺言が遺言後の生前処分その他の法律行為と抵触する場合には、その法律行為によって前の遺言を撤回したものとみなされます(民法1023条2項)。
したがって、遺言作成後に、その内容と抵触する信託契約が締結された場合には、後に設定された民事信託によってこれと抵触する遺言は撤回されたことになります。
3:信託の終了による残余財産の帰属と相続による財産の承継との関係
(1)残余財産の帰属は信託契約による効果
信託終了時に、残余財産が帰属権利者等に帰属するのは、信託契約に基づく効果です。
しかしながら、信託契約の終了事由に委託者の死亡が掲げられている場合において、帰属権利者等が被相続人の立場である場合には、その財産の承継が相続によるものと誤解されることがあります。
そのため、帰属権利者として複数の者が指定され、残余財産として信託不動産の給付を受けた場合には、その複数の者による不動産の所有は、遺産共有ではなく物権共有と解されます。その結果、それらの者による不動産の分割は、遺産分割ではなく共有物分割の手続に従って行われることになります。
(2)問題のある信託条項
前記の誤解から、残余財産の帰属について、信託契約書に記載せずに別途遺言を作成し、その遺言で承継先を指定したり、又は、信託の終了の場面において、残余財産について遺産分割協議を行わせる旨の信託条項が盛り込まれている信託契約書を見ることがあります。
しかし、ひとたび信託契約が締結され、信託財産とされた財産の移転は全て信託契約による効果に基づくものですので、残余財産の帰属先や帰属方法については信託行為において定めておく必要があります。仮に、信託行為に定められていない場合には、残余財産は信託法182条に従いその帰属が決定されることになります。