民事信託における、任意後見人のほかの地位との兼任の可否と、法定後見人による「信託の設定・変更・終了」の可否について見ていきます。本記事では、弁護士の伊庭潔氏が、民事信託について実務的な視点からわかりやすく解説します。※本記事は、『信託法からみた民事信託の手引き』(日本加除出版)より抜粋・再編集したものです。

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民事信託における「地位の兼任」はどこまで可能か?

Q:任意後見人は、信託監督人や受益者代理人を兼任することはできますか。その他の地位の兼任については、どのように考えるべきですか。

 

 1:任意後見人の地位との兼任 

 

(1)任意後見人と受託者の兼任

 

任意後見人と民事信託の受託者の兼任については、『富裕層の資産防衛…「民事信託+後見制度」ダブル使いの効果』の〈Q:民事信託と任意後見を使い分けるポイントはありますか。〉を参照してください。

 

(2)任意後見人と信託監督人の兼任

 

ア 任意後見人に受託者に対する監督権限が付与されていない場合

 

任意後見人と信託監督人の兼任を禁止する明文の規定はありません。

 

自益信託における委託者兼受益者の任意後見人に受託者に対する監督権が付与されていない場合には、任意後見人と信託監督人の権限の重複という問題は生じません。任意後見人と信託監督人を兼任することについて法的に問題はないと考えられます。

 

イ 任意後見人に受託者に対する監督権限が付与されている場合

 

他方、委託者兼受益者の任意後見人が受託者に対する監督権を有する場合(任意後見人と民事信託の受託者の兼任については、『富裕層の資産防衛…「民事信託+後見制度」ダブル使いの効果』の〈(3)代理権目録の記載方法〉を参照してください)、任意後見人と信託監督人の受託者に対する監督権は重複することになります。

 

受益者が1人しかいない場合には、信託監督人の権限は受益者の任意後見人の権限に吸収されることになります。そうすると、任意後見人が選任されている状態で、敢えて信託監督人を選任する意義はないと考えられます。そのため、信託監督人を選任するとしても、任意後見契約が発効されるまでの期間に限り認めるということが考えられます。

 

また、受益者が複数存在し、そのうち1人の任意後見人と信託監督人との兼任はできないと考えられます。この場合、任意後見人としては受益者である本人のみの利益を図る地位にありますが、信託監督人としては受益者全員の利益を図らなければならず、両者の地位は矛盾することになるからです。

 

(3)任意後見人と受益者代理人の兼任

 

ア 任意後見人に受託者に対する監督権限が付与されていない場合

 

任意後見人と受益者代理人の兼任を禁止する明文の規定はありません。

 

自益信託における委託者兼受益者の任意後見人に受託者に対する監督権が付与されていない場合には、任意後見人と受益者代理人の権限の重複という問題は生じず、任意後見人と受益者代理人を兼任することについて法的に問題はないと考えられます。

 

イ 任意後見人に受託者に対する監督権限が付与されている場合

 

任意後見人が受益権に関する代理権を有する場合(『富裕層の資産防衛…「民事信託+後見制度」ダブル使いの効果』の〈(3)代理権目録の記載方法〉を参照してください)、任意後見人と受益者代理人の権限の重複が生じます。そして、受益者代理人が選任された場合には、受益者の任意後見人は、信託法92条各号及び信託行為において定めた権利を除き権利行使はできなくなります(信託法139条4項)。

 

そのため、任意後見人と受益者代理人の兼任は否定されませんが、受益者代理人が選任されている場合には、受益者の任意後見人に受益権に関する代理権を与える意味は大きくないと思われます。

 

ただし、受益者代理人は、受益者の代理権を有するに過ぎません(信託法139条)。そのため、受益者代理人が選任されていたとしても、自益信託において、委託者の権限に関する代理権を任意後見人に認めることについては意味があると考えられます。例えば、信託の変更(信託法149条)や信託の終了(信託法164条)に関し、任意後見人が委託者の代理人として、信託の変更や信託の終了に関する権限を行使することについては、受益者代理人が選任されたとしても影響は受けるものではありません。

 

(4)任意後見人と遺言執行者の兼任

 

任意後見人と遺言執行者の兼任を禁止する明文の規定はありません。

 

遺言執行者の欠格事由は未成年者及び破産者のみであり(民法1009条)、相続に最も利害関係のある相続人の1人が遺言執行者となることも可能とされています。また、任意後見人は本人の生前の事務、他方、遺言執行者は死後の事務であるため、任意後見人の職務と遺言執行者の職務が競合することはないと考えられます。

 

任意後見人と遺言執行者を兼任することは問題がないと考えられます。

 

(※画像はイメージです/PIXTA)
(※画像はイメージです/PIXTA)

 

 2:受託者の地位との兼任 

 

(1)受託者と任意後見人の兼任

 

受託者と任意後見人との兼任については、「富裕層の資産防衛…「民事信託+後見制度」ダブル使いの効果」の〈Q:民事信託と後見制度を併用することはできますか。また、民事信託と任意後見を併用する場合の注意点はありますか。〉参照してください。

 

(2)受託者と信託監督人の兼任

 

受託者と信託監督人の兼任については、信託法により禁止されています(信託法137条・124条2号)。

 

これは、信託監督人が受託者に対する監督権限を有していることから、信託監督人の受託者からの独立性を確保するためです。

 

(3)受託者と受益者代理人の兼任

 

受託者と受益者代理人の兼任については、信託法により禁止されています(信託法144条・124条2号)。

 

これも、受益者代理人の受託者からの独立性を確保するために、兼任が禁止されています。

 

(4)受託者と遺言執行者の兼任

 

受託者と遺言執行者の兼任を禁止する明文の規定はありません。

 

信託契約と遺言を併用した場合、信託契約により信託財産は本人の固有財産から切り離され、遺言の対象となるのは信託財産以外の固有財産となります。そのため、受託者と遺言執行者とでは管理又は執行する対象の財産が異なるため権限の競合はなく、その地位を兼任することは問題がないと考えられます。

 

 3:信託監督人の地位との兼任 

 

(1)信託監督人と任意後見人の兼任

 

信託監督人と任意後見人の兼任については、上記1(2)を参照してください。

 

(2)信託監督人と受託者の兼任

 

信託監督人と受託者の兼任については、上記2(2)を参照してください。

 

(3)信託監督人と受益者代理人の兼任

 

信託監督人と受益者代理人の兼任を禁止する明文の規定はありません。

 

受益者が一人しかいない場合には、信託監督人の権限は受益者の任意後見人の権限に吸収されることになり、重複した権限を認める意義はありません。

 

受益者が複数存在し、そのうち一人の受益者代理人はその受益者のみの利益を図る地位にあり、他方、信託監督人としては受益者全員の利益を図らなければならず、両者の地位は矛盾することになります。

 

したがって、両者の兼任を認めるべきではないということになります(『信託法――現代民法 別巻』379頁〈有斐閣、2017年、道垣内弘人著〉)。

 

(4)信託監督人と遺言執行者の兼任

 

信託監督人と遺言執行者の兼任を禁止する明文の規定はありません。

 

信託契約と遺言を併用した場合、信託契約により信託財産は本人の固有財産から切り離され、遺言の対象となるのは信託財産以外の固有財産となります。そのため、信託監督人と遺言執行者とでは管理又は執行する対象の財産が異なるため権限の競合はなく、その地位を兼任することに問題はないと考えられます。

 

 4:受益者代理人の地位との兼任 

 

(1)受益者代理人と任意後見人

 

受益者代理人と任意後見人の兼任については、上記1(3)を参照してください。

 

(2)受益者代理人と受託者の兼任

 

受益者代理人と受託者の兼任については、上記2(3)を参照してください。

 

(3)受益者代理人と信託監督人の兼任

 

受益者代理人と信託監督人の選任については、上記3(3)を参照してくださ

い。

 

(4)受益者代理人と遺言執行者の兼任

 

信託監督人と遺言執行者の兼任を禁止する明文の規定はありません。

 

信託契約と遺言を併用した場合、信託契約により信託財産は本人の固有財産から切り離され、遺言の対象となるのは信託財産以外の固有財産となります。そのため、受益者代理人と遺言執行者とでは管理又は執行する対象の財産が異なるため権限の競合はなく、その地位を兼任することに問題はないと考えられます。

 

※参考文献:民事信託に関わる地位の兼任については、杉山苑子「信託と任意後見の一体的活用」信託フォーラム12号15頁(日本加除出版)を参照してください。

 

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信託法からみた民事信託の手引き

信託法からみた民事信託の手引き

伊庭 潔(編著)

日本加除出版

日弁連信託センター長を中心とした執筆陣による「正しい実務」に役立つQ&A121問を収録! ●好評図書『信託法からみた民事信託の実務と信託契約書例』(2017年3月刊日本加除出版)の姉妹本。分かりやすさと網羅性の2つを調和…

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