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信託契約が無効となる条件と、無効になった場合の影響
1:信託契約が無効になる場合
信託契約が無効になる場合としては、契約時に委託者が当該信託契約を締結する意思能力を有しなかった場合(民法3条の2)、訴訟信託(信託法10条)や「専らその者(受託者)の利益を図る目的」でなされた信託(『信託法―現代民法 別巻』46頁〈有斐閣、2017年、道垣内弘人著〉。信託法2条1項参照)などが考えられます。
訴訟信託や純粋に受託者のための信託が設定されることはあまり考えられませんが、委託者の意思能力については注意が必要です。民事信託においては、委託者が高齢である場合が多いため、公証人による委託者の意思能力等の確認を経ることが適切であり、信託契約書は公正証書にすることが望ましいと考えられています。
なお、従前は、錯誤による無効ということもあり得ましたが、民法改正により、錯誤(民法95条)は取消事由となりました。
2:意思無能力による無効
(1)改正民法の規定
新設された民法3条の2は、「法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は、無効とする。」と定め、効果を取消しに変更することはせず、従前の解釈を明文化しました。意思能力の定義に関しては、法律行為ごとに弁識能力を考える立場と、「事理を弁識する能力」と定義して一般的な弁識能力を考える立場がありますが、この点は明文化されず、引き続き解釈に委ねられています(『実務解説改正債権法 第2版』4頁〈弘文堂、2020年、日本弁護士連合会編〉)。
また、無効な法律行為に基づく給付がなされた場合に関し、不当利得の規定(民法703条、704条)の特則として、無償行為に基づく善意の給付受領者や意思無能力者の返還義務を現受利益に限定する修正が定められました(民法121条の2第2項、3項)。
(2)信託事務への影響
信託契約が委託者の意思無能力により無効になった場合、受託者は委託者に対し、原状回復義務の履行として、信託契約締結に際して受領した当初信託財産を返還しなければなりません(民法121条の2第1項)。ただし、受託者が、給付を受けた当時、信託契約の無効に関して善意であれば、返還義務の範囲は、信託契約によって「現に利益を受けている限度」に留まります(民法121条の2第2項)。
また、信託契約が無効であれば、受託者は、受託者としての権利・義務を有していなかったことになります。
そして、受託者(でなかった者)が信託財産に関して行った法律行為は、信託財産管理者の選任後に前受託者がした法律行為の効力と同じく(信託法65条1項)、信託財産との関係においては、その効力を主張できなくなると考えられます。つまり、受託者(でなかった者)の信託事務は、信託財産との関係において無効であると考えられます。例えば、信託財産とされた不動産の処分が無効となります。
(3)信託口口座への影響
信託契約が無効であったとしても、信託口口座を開設する際、受託者(でない者)は自己の金銭を入金して口座を開設したので、預金契約自体に関し表示と内心に不一致はありません。
しかし、有効な信託契約を前提に、信託財産である金銭を入出金していたつもりが、実はそうではなかったとすれば、この動機の錯誤は、当該預金契約「の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものである(民法95条1項)」と考えられます。また、信託口口座の開設に当たっては、金融機関が信託契約書の内容を確認し、入出金される金銭が信託財産であるという認識を持ち、かつ、当該預金口座を信託事務以外に使用しない旨の特約が締結されるのが通例です。
したがって、有効な信託契約に基づき信託財産である金銭の入出金が行われるという事情が当該預金契約の基礎とされていることが表示されているとみられます(同条2項)。したがって、受託者(でなかった者)の錯誤が無重過失によるものであれば又は受託者(でなかった者)の錯誤が重過失によるものであっても、金融機関が同一の錯誤に陥っていたのであれば、当該預金契約の取消しをすることができると考えられます(同条2項、3 項)。ただし、善意無過失の第三者に取消しを対抗することはできません(同条4項)。
3:委託者の対応
(1)信託財産の返還請求等
信託契約が無効である場合、委託者には、受託者(でなかった者)に対し、原状回復義務の履行として、信託財産の返還請求権が認められます(民法121条の2)。また、前記のとおり、受託者(でなかった者)の信託事務は信託財産との関係では無効と考えられるので、受託者(でなかった者)の処分に基づき信託財産を保有している第三者に対し、その引渡しを請求できると考えられます。
(2)信託口口座の預金
仮に、受託者(でなかった者)と金融機関とのあいだの預金契約が錯誤により取消可能であったとしても、委託者は「瑕疵ある意思表示をした者」ではないため、受託者(でなかった者)の代理人若しくは承継人であるという事情がない限り、取消しの意思表示はできません(民法120条2項)。
とはいえ、預金契約が取り消されなくても、預金者である受託者(でなかった者)は、金融機関に対し、預金の支払請求権を有しています。したがって、委託者は、預金者である受託者(でなかった者)の預金支払請求権を差し押さえる又は債権者代位権に基づき代位行使することにより(民法423条)、信託口口座内の預金から支払いを受けることができると考えられます。
なお、金銭の所有権は、占有とともに移転するとされるので、信託口口座に預け入れられた金銭は受託者(でなかった者)の金銭であり、預金者は受託者(でなかった者)となります。そのため、そもそも委託者の金銭であった又は預金者は委託者であったとの主張は認められません。また、信託口口座から送金を受けた第三者に対しても、その金銭の引渡しを請求することはできません。