民事信託は、自身の老後資産の確保や、次世代への資産承継を確実なものとする非常に有効な手段ですが、仕組みの複雑さがネックとなり、活用をためらう方が多いのです。本記事では、弁護士の伊庭潔氏が、民事信託について実務的な視点からわかりやすく解説します。※本記事は、『信託法からみた民事信託の手引き』(日本加除出版)より抜粋・再編集したものです。

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民事信託は、高齢者の財産保護等の福祉的な利用も可能

Q:民事信託と後見制度を併用することはできますか。また、民事信託と任意後見を併用する場合の注意点はありますか。

 

 1:民事信託と後見制度の併用の可否 

 

民事信託は、高齢者の財産保護等の福祉的な利用が可能であり、後見制度(任意後見、法定後見)と併用することは可能です。

 

民事信託は、財産管理及び財産承継のための制度で、後見制度は、身上保護及び財産管理のための制度です。民事信託は、財産管理という点では後見制度と重なり合いますが、身上保護が目的となっていない点では大きく異なります。そのため、民事信託を利用すれば後見人制度は必要ないという考えは正しくありません。

 

(※画像はイメージです/PIXTA)
(※画像はイメージです/PIXTA)

 

 2:民事信託と後見制度の併用方法 

 

(1)民事信託と任意後見

 

民事信託と任意後見に関しては、いずれも委託者(本人)の判断能力が十分であるときに利用されます。そのため、民事信託と任意後見は、それぞれの特徴を活かし、同時に契約を締結することが一般的です。

 

(2)民事信託と法定後見

 

他方、民事信託と法定後見について、民事信託は委託者(本人)に判断能力がある場合に利用されますが、法定後見は本人の判断能力が減退した後に利用される制度です。そのため、民事信託を設定した後、委託者(当初受益者)の判断能力が減退した際に、法定後見の利用が開始されるということが一般的です。

 

なお、現在の家庭裁判所の実務では、民事信託設定後に委託者兼受益者について、法定後見開始の審判の申立てがなされたときには、弁護士が後見人に選任される運用になっているようです。

 

 3:民事信託と任意後見の併用 

 

(1)併用のメリット

 

ア 任意後見のメリット

 

本人の財産が自宅と預貯金であり、自宅を売却して施設に入所する可能性があるという場合、任意後見を利用すれば、財産管理にとどまらず、施設入所や入院が必要となった際に身上保護を含めた対処が可能となります。

 

イ 民事信託のメリット

 

①信託によって財産が受託者名義に変わるため、不当な契約を締結させられる危険が低く、仮に締結させられてしまったとしても財産の逸失を防止できるため、取消権のない任意後見に比べ財産保全機能が高いこと、②収益不動産等を活用するために借入れをすることが可能、③受託者が資産の運用を行うことも可能、④世代を超えた財産の承継(後継ぎ遺贈)を行うことも可能などのメリットがあります。

 

ウ 両制度のメリットの活用

 

このような任意後見及び民事信託の双方のメリットを同時に活用するために、両制度を併用することが行われています。なお、両制度を併用する場合には、任意後見で管理する財産と民事信託において信託する財産は明確に分けておく必要があります。

 

典型的には、民事信託で主だった財産を保全又は運用しつつ、任意後見により、身上保護や民事信託だけではカバーできない本人の手元財産の管理を行うことが行われています。

 

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(2)民事信託の受託者と任意後見人の兼任の可否

 

民事信託と任意後見を併用する場合に、民事信託の受託者と任意後見人を同一人が兼ねることができるかという点が問題になります。

 

ア 検討

 

この点、まず民事信託の受託者と任意後見人の兼任を禁止する明文上の規定はありません。ところで、任意後見人は受益者の代理人として、本来、民事信託の受託者を監視・監督する立場にあるべきです。そのため、民事信託の受託者と任意後見人が同一人になれば、受託者への監督を十分に行うことができません。しかし、一般的に民事信託の受託者や任意後見人の適任者は多くないため兼任を認めざるを得ないことも多いと考えられます。

 

そこで、本来であれば、民事信託の受託者と任意後見人は別人が行うことが望ましいと考えられますが【モデル1】、民事信託実務においては、その兼任を認めざるを得ない場合もあり、その場合には、受託者に対する監督を十分に確保するために、受益者代理人(信託法138条以下)又は信託監督人(信託法131条以下)を選任することを条件に民事信託の受託者と任意後見人を同一人が兼ねることを許容するということが考えられます【モデル2】。

 

 

 

イ 受益者代理人又は信託監督人の適任者

 

この場合、受益者代理人又は信託監督人には、監督事務に経験が豊富な弁護士が就任することが望ましいと考えられます。なお、弁護士が受益者代理人や信託監督人に就任することに関し、信託業法上の規制はありません。

 

(3)代理権目録の記載方法

 

ア 任意後見人の権限

 

任意後見契約とは、「自己の生活、療養看護及び財産の管理に関する事務の全部又は一部を委託し、その委託に係る事務について代理権を付与する委任契約」といいます(任意後見契約に関する法律2条1号)。任意後見人は、付与された代理権の範囲内で、成年後見人と同様の代理権を有しています。

 

委託者兼受益者の任意後見人は、信託の委託者又は受益者としての権利を行使することが考えられますが、委託者兼受益者の一身専属的な権利は行使できません。

 

イ 受益者の権利について

 

受益者の有する受益権を代理行使するために、任意後見の代理権目録に「信託契約に基づく受益権の行使に関する事項」を追加する必要があります。

 

また、信託を単独で変更する権利又は受託者に対する指図権など、信託法上予定されていない権利については、個別具体的な記載が必要と考えられます(木村仁「信託の委託者の権利と後見人による代理行使について」法と政治第70巻64頁(関西学院大学法政学会))。

 

ウ 委託者の権利について

 

委託者の権利を代理行使するために、任意後見の代理権目録に「信託契約に基づく委託者の権利に関する事項」を追加する必要があります。

 

また、信託を単独で変更する権利又は受託者に対する指図権など、信託法上予定されていない権利については、個別具体的な記載が必要と考えられます(木村仁「信託の委託者の権利と後見人による代理行使について」法と政治第70巻64頁(関西学院大学法政学会))。

 

※参考文献:民事信託と任意後見の併用については、杉山苑子「信託と任意後見の一体的活用」信託フォーラム12号15頁(日本加除出版)を参照してください。

 

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信託法からみた民事信託の手引き

信託法からみた民事信託の手引き

伊庭 潔(編著)

日本加除出版

日弁連信託センター長を中心とした執筆陣による「正しい実務」に役立つQ&A121問を収録! ●好評図書『信託法からみた民事信託の実務と信託契約書例』(2017年3月刊日本加除出版)の姉妹本。分かりやすさと網羅性の2つを調和…

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