税務調査を録音することはできるか?
相続税の「税務調査」の実態と対処方法
事例に見る、信託の「設定・変更・終了」の可否
1:法定後見人の権限
法定後見人は、本人(被後見人)の財産に関する法律行為について、包括的な代理権を有しています(民法859条1項)。
そこで、法定後見人が選任されたとき、本人のために、新たに民事信託を設定することができるのか、又は、既に本人が民事信託を設定していた場合に、法定後見人が、その民事信託につき信託の変更や信託の終了ができるかが問題になります。
2:民事信託の設定
この点、法定後見人の権限には、原則として制限はなく(例外として、本人の居住用不動産の処分の制限(民法859条の3))、法定後見人が民事信託を設定することに制限はないという見解があります。実際に、法定後見人が家庭裁判所と協議したうえで、本人のために民事信託を設定したという事例も報告されています(ただし、この件では、本人と法定後見人の間には親子関係がありました)。
他方、信託は委託者と受託者、受託者と受益者との間に信認関係があることが重要であり、本人に法定後見人が選任された場合には、信託の設定に必要となる委託者(本人)と受託者、受託者と受益者(本人)との間の信認関係を観念できるのか疑問であるとして、信認関係を基礎とする信託の性質上、法定後見人が本人に代わって民事信託を設定することはできないという考え方もあります。ただし、後者の考え方に立っても、信認関係が重要視されない定型的な契約である後見制度支援信託などを利用することは可能と考えられています。
いずれの考え方もあり得ると思いますが、実務的には、民事信託を設定することが本人の利益になると考えられる場合には、後見人としては、まず、家庭裁判所に相談することが望ましいと考えられます。
3:信託の変更
(1)事例
法定後見人に選任されたときに、既に、本人Xを委託者兼受益者、長男Yを受託者とする信託契約が締結されていました。ところが、その信託契約の内容が本人にとって非常に不利なものでした。「本人に不利」とは、具体的には、受託者であるYが信託不動産を第三者に賃貸し、その賃料収入が月に50万円もあるにもかかわらず、受益者であるXに対し『月10万円を給付する。』とされていました。しかし、月10万円の生活費では、Xは満足に生活することができません。なお、信託目的には『受益者がその福祉に配慮した生活を送れるようにすること。』という条項がありました。
このような事例において、法定後見人は、信託の変更を行い、受益者(本人)に対して給付額を増額させることはできるでしょうか。
【第Y条】 本信託は、X(父)の死亡によって終了する。
【第Z条】 本信託の帰属権利者には、Y(長男)及び委託者Xの次男Aを指定する。ただし、Xが死亡する前に本信託が終了した場合には、信託終了時の受益者が残余財産を取得する。
2 前項本文において、Y(長男)及びXの次男Aは、以下の割合により帰属権利者Aとして残余財産の給付を受ける。
Y(長男) 2 分の1
Xの次男A 2分の1
(2)信託法の規定及び信託契約の内容
信託の変更については、信託法149条に規定があります。法定後見人は、委託者兼受益者である本人の代理人になるので、同条3項に基づき、「受託者の利益を害しないことが明らかであるとき」には(同項1 号)、信託の変更を行うことができます(なお、自益信託において、2号は、1号の要件を加重するものであり、2号の要件を満たすときには、当然1号の要件も満たしている関係にあるため、ここでは検討しません)。
ただし、信託契約において「別段の定め」が規定され(信託法149条4項)、委託者兼受益者が信託の変更はできないとされていた場合には、委託者兼受益者の代理人の法定後見人も信託の変更はできないことになります。
(3)検討
委託者兼受益者の信託の変更権を制約する「別段の定め」がなかった場合には、受益者が福祉に配慮した生活を送れるようにするために、受益者に対する月々の生活費の給付金額を増額させることは、受託者の利益を害することになるとは考えられません(月々の給付金額を増額させると帰属権利者の利益を害すると考えられますが、それはあくまで帰属権利者としての立場に基づく利害であり、受託者の利害の問題ではありません)。したがって、委託者兼受益者の代理人である法定後見人は、信託法149条3項2号に基づき、信託の変更ができると考えられます。
4:信託の終了-1
(1)事例
先と同様の事例において、法定後見人は信託を終了させることができるでしょうか。
(2)信託法の規定及び信託契約の内容
信託の終了については、信託法164条に規定があります。法定後見人は、委託者兼受益者である本人の代理人になるので、同条1項に基づき、単独で任意の時期に信託を終了させることができます。
ただし、信託契約において「別段の定め」が規定され(信託法164条3項)、委託者兼受益者が単独で信託の終了はできないとされていた場合には、委託者兼受益者の代理人の法定後見人も信託の終了はできないことになります。
(3)検討
委託者兼受益者の信託の終了権を制約する「別段の定め」がなかった場合には、委託者兼受益者の代理人である法定後見人は、信託法164条1項に基づき、信託を終了することができると考えられます。
ただし、法定後見人は、本人の財産を管理することを事務としているため、信託を終了させることによって、本人の下に財産が戻ってくることが必要になります。仮に、信託を終了させても、財産が本人以外の第三者に渡ることになっていた場合には、本人の財産管理権の行使とはならないため、法定後見人は信託を終了させることはできないことになります。
5:信託の終了-2
(1)事例
先ほどの事例では、委託者兼受益者である父Xが亡くなった際には、残余財産は、受託者である長男Yと次男Aが法定相続分と同じ2分の1ずつ取得するという内容になっていました。Xが遺言を残していない場合には、信託を存続させても、終了させても、Xが亡くなった際の財産のYとAの取得割合に変化はありませんでした。
ところで、信託条項に、本信託の帰属権利者であるYとAが、Yが4分の3、Aが4分の1の割合で残余財産を取得するというものがあったとします。このような場合にも、法定後見人は信託を終了することができるでしょうか。
2 前項本文において、Y及びAは、以下の割合により帰属権利者として残余財産の給付を受ける。
Y 4 分の3
A 4 分の1
(2)問題の所在
このZ’条は、帰属権利者が法定相続割合とは異なる割合の残余財産を取得するという内容になっており、遺言と同様の効果を実現する信託条項になります。法定後見人が本人の遺言の撤回はできないように、法定後見人は、このような遺言代用部分のある信託を終了させることはできないかということが問題となります。
(3)検討
上記のとおり、このような条項があったとしても、信託の終了については、信託契約によって委託者兼受益者の信託終了権が制限されておらず、信託を終了することが本人の利益のために必要であり、かつ、信託を終了させることによって、本人の下に財産が戻ってくる場合には、法定後見人は信託を終了させることができると考えられます。
ただし、法定後見人は、信託の終了により、帰属権利者や残余財産の帰属割合の変更となる場合には慎重な対処が必要です。実務的には、家庭裁判所と十分に協議したうえで、信託を終了させるか否かを判断することになると考えられます。
6:家庭裁判所の運用
現在、本人が民事信託を設定した後に判断能力が低下し、委託者兼受益者について法定後見の利用を始める事例が増えてきています。申立てに際し、本人の親族を法定後見人の候補者として推薦した場合でも、法定後見人には上記のような難しい法的課題に対処しなければならないため、家庭裁判所は弁護士を後見人に選任するという運用をしているようです。
伊庭 潔
下北沢法律事務所(東京弁護士会)
日弁連信託センター
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