医療に起因する死亡事故は実に多く発生しています。医療に問題が多い理由は、安全に仕事をするために必要な要件が満たされていないからだという。高度な安全を求められる航空や原子力と比較し、医療事故の本質的な不完全さを探ります。※本記事は河野龍太郎氏の著書「医療現場のヒューマンエラー対策ブック」(日本能率協会マネジメントセンター)より抜粋・再編集したものです。

医療システムには構造的限界がある

●予測の困難さ

 

図表2は、エンズレィ(Endslay,M.R.)の状況認識モデルを筆者が将来予測のプロセスを説明するために図を書き加えたものです。

 

[図表2]説明を加えた状況認識モデル

 

制御にとって重要なことは予測です。人間は、システムの現在の状態を把握・理解し、それをもとに将来を予測して操作します※4。その結果がシステムの変化として現れ、人間は自分の予測との偏差を検出して、さらに、修正を加えて目標に近づけるように操作します。

 

※4 予測に必要な情報は微分に使えるデータであり、過去の情報が簡単に得られることが重要である。しかし、電子カルテには画面を選択しなければ予測に必要な情報にアクセスできないものが多い。

 

基本的に、航空や原子力システムの制御対象はノーマル状態であるために予測が容易です。ところが、医療システムの制御対象である患者は、前述のように故障した状態と考えられます。

 

さらに合併症であれば、システムの複数個所が故障しているような状態と考えられます。しかも停止や着陸して修理はできません。前述の不確定要素も多く、これらのことから制御は非常に難しいと考えられます。

 

●問題解決に必要な情報(データ)の提示

 

さらに医療が他のシステムと比較してもっとも不利な点は、問題解決に必要な情報の提示がごく一部に限られるということです。原子力発電プラントの制御盤や航空機のコックピットを見れば、たくさんの計器が並んでいます。

 

これらの計器には、通常の操作に必要な情報が提示されているだけでなく、システムに問題が発生したときに必要と考えられる情報がほとんど提示されています。しかも、理解を助けるために加工して提示されています。

 

ところが医療では、医師に提示される情報は極めて限られています。医師には、患者の状態を理解するための情報が最初から提示されておらず、まず現状を理解するために情報を集めることから始めなければならないので、問診や必要な検査を決定します。

 

適切な検査の決定を誤ると必要な情報は得られず、正しい診断は不可能となります。産業システムにたとえるとセンサーの故障であり、これは致命的です。

 

さらに不利なのは、患者からの問診によって必要な情報を得ようとしても、患者自身が記憶違いや虚偽の応答などによって、情報が不確実になることです。これは制御タスクにとっては致命的であり、「どんなに優秀な人間も、問題解決に必要な情報がなければ正しい判断はできません。

 

にもかかわらず、医師は、常に部分的な情報で判断を求められ、ここに医療の構造的限界がある」と考えられます※5

 

※5 電子カルテにはたくさんの情報が保存されているが、ディスプレイの数が2台あるいは3台に限られているために一度に必要な情報を得ることが困難である。必要と考えられる画面を積極的に選択しなければならない。

 

以上の産業システムとの比較から、医療システムは本質的に不完全であることがわかります。したがって、医療事故は必ず起こるのです。

 

 

河野 龍太郎

株式会社安全推進研究所 代表取締役所長

 

 

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医療現場のヒューマンエラー対策ブック

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