医療ヒューマンエラー対策は、現場を直視しなければ始まりません。アレルギーなど、実際に病院で起きたヒューマンエラー事例を3つ紹介したのち、各事例のリスク低減のための考え方について見ていきます。※本記事は、河野龍太郎氏の著書「医療現場のヒューマンエラー対策ブック」(日本能率協会マネジメントセンター)より抜粋・再編集したものです。

ヒューマンエラーに着目した再発防止では不十分

これらの3事例で、それぞれヒューマンエラーについて分析が行われ、再発防止対策が立てられると考えられます。

 

最初の「食事配膳の間違い」事例では、患児Aの食止め情報をホワイトボードに書かなかったことが根本原因であったと考え、看護師Cや看護師Eへの注意喚起や手順の見直しなどの再発防止策がとられるだろうと想像されます。

 

次の「食物アレルギー」事例では、途中で入院となった患児Aに「おやつがないのはかわいそうだ」という看護師の善意からの行為が逆に原因となったことが残念です。医療事故の中には、患者への思いやりや同僚看護師を手助けしようと善意で手伝ったために、逆に間違いを引き起こしてしまったという事例も散見されます。

 

3番目の事例も、検査の見落としが根本原因とされ、チェックの徹底やダブルチェックなどが対策に挙げられることが多いと考えられます。

 

そして、以上の事例に対して、従来の解説では、

 

これらの事例はいずれも、患者に致命的な影響はありませんでしたが、他の悪条件が重なると重大な結果をもたらす可能性があります。事故に至る前の小さなインシデントを集めて分析することにより、潜在的な問題を明らかにすることができます。そして、重大な事故への連鎖を切ることができるのです。

 

と書かれているものが多いと思います。一般に事例の中の、あるヒューマンエラーに着目して、その再発防止を狙っていることが多いと考えられます。それでもいいのですが、リスクマネジメントの視点では、もう少し広い枠組みで事故の構造を理解し、リスクの低減を考える必要があります。

エラーが発生した際の「拡大阻止」という考え方が重要

医療を低リスクなものにするためには、医療関係者のヒューマンエラーを低減するという考え方では不十分です。重要なのは「被害を可能な限り小さくする」という考え方を理解し、対策を考えることです。

 

事例1の「食事配膳の間違い」では、確かに患児Aの食止め情報をホワイトボードに書かなかったことが重大なヒューマンエラーだと考えられます。もっとも考えなければならないのは、「患者への被害」です。この患者への被害を可能な限り小さなものにするという考えに立ってほしいのです。

 

すなわちこの事例を極端な仮定で考えてみると、もしこの患児の胃に穴が開いていたら食事が全部胃の中に入ってしまったのですから、重大な問題を引き起こす可能性があったと考えられます。

 

事象の経緯を見ると、看護師Bは患児Aが食事を摂っているところを発見しているのですが、そのときにとりあえず「食事をストップして下さい。確認して来ます」と言えれば、最悪の事態は回避できたでしょう。

 

3番目の事例も、検査の見落としが根本原因として対策が取られたのですが、それだけではなく、インスリンを投与したにもかかわらず食事をしなかったことが発生したとしても、どうすれば血糖値を30になる前に発見できるか、つまり、ヒューマンエラーが発生してもその影響を可能な限り小さい段階で止められないだろうかと考えるのです。

 

従来のエラーの発生防止だけでなく、エラーの拡大阻止も医療のリスク低減に重要な考え方なのです。

 

 

河野 龍太郎

株式会社安全推進研究所 代表取締役所長

 

 

 

医療現場のヒューマンエラー対策ブック

医療現場のヒューマンエラー対策ブック

河野 龍太郎

日本能率協会マネジメントセンター

医療現場のヒューマンエラーはゼロにはできないまでも、管理して減らすことができます。人間の行動モデルをもとに、 B=f(P、E) という式を知り、それによって人間の行動メカニズムを理解することがその第一歩です。 …

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