ヒューマンエラーを認識しやすくする「数式」
――ヒューマンエラーの分析に使える式、B=f(P、E)について説明してください。
河野:ヒューマンエラーとは行動で考えなければならないものです。行動が、ある期待された範囲から外れてしまったものがエラーだからです。
まず、ある行動があり、それが評価されてエラーと呼ばれるのです。したがって、期待される範囲が異なれば、同じ行動がエラーと評価されない場合もあるのです。ということは、エラーであるか、エラーでないかの前に、まず、行動を理解することが先なのです。
この理解のためにモデルを使うとわかりやすいのです。この式は、行動を理解するときは「人間側の要因」と「環境側の要因」の2つに分けるとわかりやすい、ということを簡潔な数式で表現していると考えるといいと思います。数式に惑わされず、意味を理解してください。
Bはその行動、そしてPは人の要因、Eは環境の要因を示しています。fは関数という意味で、ここでは「“関係する”ということを示している記号」という程度に思ってもらってかまいません。つまりこの式は「人間の行動は、人の要因と環境の要因の関係によって決められる」という意味です。
「人の行動を理解するには、P(人の要因)とE(環境の要因)に分けるとわかりやすくなる」、これがレビンの行動のモデル※1です。たとえば、Pには、長時間労働による疲労、加齢による能力低下などの要因があります。また、正しい知識や技術を保持しているかどうかなども含まれています。これらの人の状態によって、行動が変わってくることになります。
※1 「人の行動を決めるのは、人の要因と環境の要因があり、2つに分けて考える」とするモデル。
同じものでも人によって描く「心理的空間」は違う
一方、E(環境の要因)はというと、実際に目の前にあるE(物理的空間)と、それを頭の中に描いて理解したE(心理的空間)に分かれます。これを、コフカが提示した例※2で説明しましょう。
※2 「環境には、物理的空間と心理的空間の2つがあり、人間の行動は常に心理的空間に基づいて決定される」とするモデル。
湖も凍る真冬に、旅人が薄く凍結した湖の上を歩いてある宿屋にやってきた。その土地の住人ならば薄氷のはった湖の上を歩いたりなどしません。しかし、旅人は湖があることを知らないわけですから、危険だと思うこともなく湖の上を歩いてきたのです。
この場合、物理的空間にあるのは凍った湖です。氷は割れてしまうかもしれません。しかし旅人は湖の存在を知らないので、目の前に広がるただの平原だと解釈しています。
人は自分を取り巻く環境を目や耳で見たり聴いたりして、自分はどんな世界にいるのかを理解します。これが人が頭の中につくり上げた世界、すなわち、心理的空間です。そして判断して行動をとるとき、そのよりどころとしているのは、この心理的空間なのです。
では、その土地に住んでいる人ならどうでしょうか。その人は同じ情景を見て、頭の中に心理的空間をつくります。しかし、目の前に広がる平原の下には湖があることを知っているので、単なる情景が頭の中に映し込まれるだけでなく、すでに湖の存在を情報として持っています。
したがって、土地の人の心理的空間には環境に湖が存在しています。土地の人は湖が見えるので、そこを横切ることはないのです。ある物理的空間があって、それを見て解釈した心理的空間によって人間は行動していると言えるのです。
ということはつまり、同じものを見ても、人によって思い描く心理的空間は異なっていることがあり、そこで行動も変わってくるということです。私たちはみんな同じ環境の中にいても、それぞれはそれぞれの心理的空間を構築するのです。