「家に帰ったとき」あることに気づいた。50年ぶりにともに暮らすことになった母親が、どうも妖怪じみて見える。92歳にしては元気すぎるのだ。日本の高齢化は進み、高齢者と後期高齢者という家族構成が珍しくなくなってきた。老いと死、そして生きることを考えていきます。本連載は松原惇子著は『母の老い方観察記録』(海竜社)を抜粋し、再編集したものです。

39度の真夏「暑いから、出かけてきまーす」

妖怪の友達も素敵だ

 

先日は、横断歩道に立っていた若い男性に道を尋ねたところ、目的地までエスコートしてくれたというではないか。「若い人にも素敵な人がいるのね」と妖怪はうれしそう。

 

この間も自由が丘で友人と待ち合わせをして、お店の人に道を聞いたところ、お店の人が出てきて「まあ、素敵!」と、営業中なのに、目的の店まで連れていってくれたそうだ。

 

実は、妖怪だけでなく、妖怪の友達も素敵なのだ。わたしはどちらかというと、妖怪の友達の、赤と黒のファッションにプラダのサングラスをかけている91歳の方が好みだ。

 

類は類を呼ぶようで、お友達3人組は全員がメチャクチャおしゃれだ。3人が銀座鹿乃子であんみつを食べていると、お客さんから声がかかるというのだから驚く。それも妖怪が大好きな紳士からだ。

 

「あの〜みなさんがあまりにも素敵なので…失礼ですが、何をなさっている方たちなのですか」

 

3人は笑いながらこう答える。

 

「はい、ただの人です」

 

銀座で、はしゃいで楽しんでいるようすは、まるで女学生みたいだ。

 

わたしの場合「ちょっと、何か落ちましたよ」と声をかけられたことはあっても、「素敵ですね」と見ず知らずの人から声をかけられたことは、自慢じゃないが一度もない。

 

それが、妖怪はしょっちゅうなのだから、娘は完全に負けている。妖怪の外出好きは、ただ、買い物がしたいわけではなく、人と話すのも楽しんでいるようだ。そうよね。家には夫もいないし、2階には気難しい娘がいるし。しかも気難しい猫までがいるのだから、外の方が楽しいにちがいない。

 

老女こそおしゃれを

 

ピンピン長生きの秘訣はおしゃれであること。老いてますます楽しく暮らすには、おしゃれをして外出することに限ると妖怪を見ていて思う。若い美人だと、いくら心の中で「素敵だ」と思っていても、声をかける勇気のある人はあまりいないが、92歳の老人となると別だ。母も老人だから、みんなが緊張せずに、「かわいい」と言えるのだ。

 

老人よ! おしゃれをして外出しよう! 絶対に、外に出ることが楽しくなり、また、褒められるので明るい日が送れるはずだ。老いるにつれ、家から出なくなりがちだが、おしゃれをすることで、重い腰も軽くなり、同時に気持ちまで前向きになるので、洋服の力を借りて、元気で生きてほしい。

 

妖怪はもうすぐ、あちらの世界に行くお年頃なのに、わたしより洋服を持っているし、わたしよりも新しいモノを買う。

 

「これ、一生ものだから」高い買い物をしたときの妖怪のくちぐせだが、一生ものって?あと何年生きるつもり?と意地の悪いわたしは心の中で思う。

 

わたしと妖怪は、親子とはいえ、本当に別物だ。

 

「今日の最高温度は39度です。室内にいる方はエアコンを…外出される方は熱中症に注意し、こまめな水分補給をしてください…」

 

町内アナウンスが熱中症の危険を知らせる。テレビでは、熱中症で亡くなった人の数を知らせる。その39度の日、うちの妖怪は言い放つ。

 

「家でエアコンつけて、テレビ見ていたら余計に暑いから、出かけてきまーす」とおしゃれをして涼しい顔してバスに乗って駅まで行き、そこから私鉄で池袋まで行くのだから、これを妖怪と言わずしてなんというのか。

 

次ページ元気だから出かけるのか、出かけるから元気なのか
母の老い方観察記録

母の老い方観察記録

松原 惇子

海竜社

『女が家を買うとき』(文藝春秋)で世に出た著者が、「家に帰ったとき」あることに気づいた。50年ぶりにともに暮らすことになった母が、どうも妖怪じみて見える。92歳にしては元気すぎるのだ。 おしゃれ大好き、お出かけ大好…

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