Appleのスティーブ・ジョブズが、文字のアートであるカリグラフィーをプロダクトに活かしていたことは有名だ。マーク・ザッカーバーグがCEOをつとめるFacebook本社オフィスはウォールアートで埋め尽くされている。こうしたシリコンバレーのイノベーターたちがアートをたしなんでいたことから、アートとビジネスの関係性はますます注目されているが、実際、アートとビジネスは、深いところで響き合っているという。ビジネスマンは現代アートとどう向き合っていけばいいのかを明らかにする。本連載は練馬区美術館の館長・秋元雄史著『アート思考』(プレジデント社)の一部を抜粋し、編集したものです。

「いい製品を低価格で」日本の物づくりの美点が

私は、このような文脈形成は、製品を長い目で製造するときやサービスを提供するときにも応用できるのではないかと思うのです。これは、製品やサービスを支えるコンセプトというものでしょう。よく日本製品とヨーロッパの老舗ブランド品との比較で「付加価値が高い」や「付加価値が低い」という言葉で語られるブランド力に相当するものがあるでしょう。

 

その製品の背景となる歴史や哲学になると思いますが、それはひとつの製品を超えた総体がつくり出す一貫性でもあります。

 

これは、コンセプトの一貫性、製品をつくる哲学の一貫性、あるいは背景となる思想の一貫性で、その製品の歴史的なコンテクストと言い換えてもいいでしょう。日本にはいくつもの伝統産業があり老舗企業がありますが、長い伝統を保ちながらイノベーションを起こしていくためには一貫した強力なコンセプトが必要です。

 

日本の製品開発は、ともするとコストカットに走りがちです。「とにかくいい製品を低価格で」と思いすぎて、ひたすらコストカットに向かいます。もちろん価格競争の中から、新たな技術開発が行われることもあるでしょうし、いい品を安く提供するということは素晴らしいことです。しかしながら、その方向だけで製品を開発していくだけでは、ジリ貧になるでしょう。

 

つい最近、日本の竹工芸や陶芸が、欧米で日本国内の数十倍という価格で売買されるという出来事が起きました。現代の浮世絵現象のように国内では価値の低いものと思われていた竹工芸や陶芸が、欧米で評価され高値がついたのです。

 

それら工芸はメトロポリタン美術館などでも展示され、アート作品になってしまいました。これは、いまだに自分たちがつくった価値を自分たちで見定めることができない、評価できないということの証です。このようなことが起きたのは、アメリカのギャラリーや美術館、コレクターが、日本の工芸の価値を発見して独自の評価をしたからです。情けないのは、日本人が自らの力で価値付けを行い、マーケットを築けないという点ですが、価値を自ら発見できないという同様のことをビジネスの世界でも行ってしまっていないでしょうか。

 

日本人はすぐに価格を安くすればいいと考えがちですが、欧米では逆に付加価値の値踏みを心得ていて、高値で売買します(彼らにいわせれば適正価格)。このあたりは、美術界もビジネス界もチャレンジが必要でしょう。価値を見失わないためにも長期的で俯瞰的な視野が必要なのです。

 

 

秋元 雄史
東京藝術大学大学美術館長・教授

 

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