Appleのスティーブ・ジョブズが、文字のアートであるカリグラフィーをプロダクトに活かしていたことは有名だ。マーク・ザッカーバーグがCEOをつとめるFacebook本社オフィスはウォールアートで埋め尽くされている。こうしたシリコンバレーのイノベーターたちがアートをたしなんでいたことから、アートとビジネスの関係性はますます注目されているが、実際、アートとビジネスは、深いところで響き合っているという。ビジネスマンは現代アートとどう向き合っていけばいいのかを明らかにする。本連載は練馬区美術館の館長・秋元雄史著『アート思考』(プレジデント社)の一部を抜粋し、編集したものです。

自分の内側から湧き上がるものを眺めてみる

感動とは、「命がけの跳躍」

 

脳科学者の茂木健一郎は、事象の読み取り方や捉え方を「文脈(コンテクスト)」と「感動」という二つの要素から語っています(『地中トーク2 美を生きる』脳の中の美を求めて??相互作用する個物はいかに再び個物となるか)。

 

一般的に物事を理屈で理解するのは理にかなっていて、その方法の中でも文脈を読み取るという方法は役に立ちます。そのものの成り立ちや歴史、あるいは目的や役割などをひとつながりの流れの中で読み込むと納得しやすいからです。物語といってもいいのですが、前後関係を整理し、流れをつくることは、物事を整理して理解するのに役立ちます。

 

一方で、それだけではわかったことにならない、まだ理解が浅く、本当に物事の本質を捉えているとはいえないのです。なぜならばその時点では、自分との関係において深く関係づけることができたとはいえず、そのもの全体を理解したといえないからです。そのもの(まさに目の前にあるもの)が「わかる」ためには「ガッ」と一瞬で理解する、捕まえるような心のあり様が必要だと、茂木はいうのです。

 

イノベーションを起こすということは、古い殻を文字どおり破ることだという。(※写真はイメージです/PIXTA)
イノベーションを起こすということは、古い殻を文字どおり破ることだという。(※写真はイメージです/PIXTA)

 

茂木はそれを「命がけの跳躍」という言い方で表しています。もう少しわかりやすい言葉に置き換えると「感動」です。ちなみにこの状態を禅では「悟り」と言いますが、直感と言い換えてもいいかもしれません。

 

ちなみに茂木の脳理論は「クオリア」というキーワードを巡るものです。クオリアとは意識の中の「質感」というふうに茂木自身は、述べていますが、「命がけの跳躍」、「深い感動」によって心の中に芽生えるのがこの「クオリア」という、深さを持った記憶=経験です。

 

茂木は、小林秀雄の芸術批評を取り上げた際に言及していますが、この感動にも理解の深さの程度があり、浅いものもあれば、深いものもあるといいます。そして小林秀雄の「感動」をベースにした評論には、非常に深く物事を心で理解する、あるいは自分に引き寄せて実感を伴って理解するということであって、このような出来事は、一人の人間が生きていく上で、非常に重要だと結論づけます。なぜならば「感動」という行為により生を実感し自分を成長させるからです。

 

小林秀雄の「ゴッホ」や「モーツァルト」などの批評について、中には「たんなる素人の印象批評だ」という言い方で、彼の専門性に対して疑問の声を上げ、揶揄する人もいますが、茂木は小林秀雄の「印象批評」の凄さに感服し、これこそが本来の意味を理解することだといっています。

 

感動とは文脈に解消されない固有の体験であり、だからこそ重要なのです。それは、あなたが世界と出会った証しであり、アーティストが世界を眺めているときと同じ感覚でもあるのです。重要なのは、普段の仕事や生活から離れ、ときには一人、自分と向き合って自分の内側から湧き上がるものを眺めてみること。その内なる声に従うことで、新たな視野が開け、自分の殻を破るきっかけになるかもしれません。

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アート思考

アート思考

秋元 雄史

プレジデント社

世界の美術界においては、現代アートこそがメインストリームとなっている。グローバルに活躍するビジネスエリートに欠かせない教養と考えられている。 現代アートが提起する問題や描く世界観が、ビジネスエリートに求められ…

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