男性用小便器を上向きに置いただけ
思考の罠を脱出せよ
アート作品を鑑賞するということは、アーティストから発せられた「問い」を受け取ることです。アーティストの発した問いについて考え、作品と対話することが鑑賞の醍醐味です。
答えを自分なりに考える、自問自答していくことが現代アートを理解するプロセスなのです。
ビジネスでは「わからない」は悪いこととされますが、現代アートにとっては、「わからない」はむしろよいことなのです。私たちは「わからないもの」に接することで思考が促されるからです。
それでは現代アートの代表的な作家からそのことを学んでいきましょう。
現代アートの方向を決定づけた三人の巨匠、マルセル・デュシャン、ヨーゼフ・ボイス、アンディ・ウォーホルです。三人三様で、それぞれが特徴的です。現代アートを鑑賞する上ではスタンダードともいえるアーティストなので、今日のアートを大掴みするときに知っておくと便利です。
マルセル・デュシャン
マルセル・デュシャン(1887年~1968年 フランス)です。
現代アートをかじった人であれば、名前ぐらいは聞いたことがあるかもしれません。アートをコンセプトによってつくりだし、読むものにしてしまった人です。現代アートの創始者といっても過言ではありません。
その出発点になった作品が、デュシャンが《泉》と名付けた作品です。本連載でも度々触れました。残念ながら、オリジナルは消失してしまっています。1950年代になって、デュシャン監修のもと17点のレプリカがつくられ、その1点が京都国立近代美術館に所蔵されています。
《泉》は、セラミック製の男性用小便器を上向きに置いただけのものです。デュシャン自身がつくったわけでもない、市販の工業製品で、彼はサインを入れただけ(既製品を芸術作品に転用したものをレディ・メイドと命名しました)。そのサインも偽名でR・マットと記されています。マットとは、デュシャンが便器を買った店の名前だったといわれています。
実際に《泉》は、1917年にニューヨークで開かれたアンデパンダン展に出品しようとして、実行委員から「こんなものはアートではない」と展示を拒否されています。「1ドルを支払えば誰のどんな作品でも受け入れる」はずのアンデパンダン展であるにもかかわらず、です。