「相続争いはお金持ちだけの話。ましてや遺言書なんて…」そんなふうに考えてはいませんか? 今は火種がないように思われても、本当は遺言書を作るべき人はたくさんいます。数々の「特に遺言を作ったほうがいい人」の中から、今回は「夫に離婚歴があり、前妻との間に子供がいる」ケースについて解説します。※本連載は、司法書士・行政書士の坂本将来氏、税理士の古谷佑一氏による共著『奥様のための相続のはなし』(日本法令)より一部を抜粋・再編集したものです。

夫に離婚歴があり、前妻との間に子供がいるケース

ご主人の前妻との間に子供(α)がおり、そして、奥様との間にも子供(β)がいる場合【図表】、奥様は会ったこともない前妻の子αと遺産の分け方を話し合い、実印の押印と印鑑証明書をもらわなければなりません。お互い住んでいる場所も知らないこともあるため、司法書士等の専門家に依頼して、戸籍や住所の調査を行うことが多いです。これは、遺された奥様や子βにとって大変な労力です。

 

(※写真はイメージです/PIXTA)
(※写真はイメージです/PIXTA)

 

一方、前妻の子αからすれば、いきなり遺産分割の法的書類が届くわけですから、「いまさらなんだ!」と憤慨してしまうこともよくあります。ムダなトラブルを避けるためにも、遺言を遺しておくべきケースといえます。

 

【図表】被相続人に前妻がある事例

 

筆者が実際に経験した案件で、次のようなケースがありました。

 

ある日、Aさん(男性)から、「父が死亡したので、相続登記をお願いしたい」という依頼がありました。どうやら、相続登記が終わったら、その土地上に自宅を新築する予定のようです。

 

AさんはBさんとの2人兄弟で、2人は亡父とその前妻との間の子でした。亡父は離婚後に再婚し、後妻との間には子供がいませんでした。そして、父が亡くなり、後妻は父を追うようにその1ヵ月後に亡くなったのでした。Aさんは筆者の事務所に来たときには「相続人は私と弟のBだけです」と説明しましたが、実はそう単純ではありません。

 

夫が死亡した時点の相続人は、A・B・後妻の3人です。そして、夫の相続手続きをしないまま、その1ヵ月後に後妻が死亡したということは、次に「後妻の相続人は誰か?」ということを考えなければなりません。後妻とA・Bは養子縁組していなかったため、A・Bは後妻の相続人ではありません。第2順位の相続人である後妻の両親が死亡していたため、相続人は第3順位の後妻の兄弟姉妹ということになります。

 

そして、戸籍をたどってみると、なんと後妻は11人兄弟。しかも、そのうち1人は、30年以上前から行方不明であり、生死すらわからないといいます。これら全員から実印押印と印鑑証明書をもらわなければ相続登記をすることができないと知り、Aさんは茫然(ぼうぜん)としてしまいました。

相続関係が複雑化…「再婚」は遺言書の必要性大

行方不明の方については、行方不明だからといって勝手にその権利を奪うことはできませんので、行方不明者の財産管理をするために「不在者財産管理人(※)の選任」の申立てを家庭裁判所に行い、弁護士に就任してもらいました。

 

Aさんからすれば、自分とBの2人だけの手続きですぐに相続登記できると思っていたのに、踏んだり蹴ったりの状態でした。不在者財産管理人である弁護士は、行方不明者の利益を守らなければなりませんので、少なくとも法定相続分の金額はもらわないと印鑑を押してくれませんし、11人も兄弟がいれば、お金を条件に協力するという人もいます。

 

最終的にこの相続手続は1年間かかり、Aさんは遺産分割のために差し出すお金や弁護士に支払うお金等合わせて100万円を超える出費となってしまいました。

 

このケースでは、夫が再婚しているケースでしたが、奥様が再婚しているケースでも同じことが起こり得ます。再婚している人については相続関係が複雑になりがちですので、とくに公正証書遺言の作成を検討しましょう。

 

ちなみに、もし後妻が先に死亡し、後に夫が死亡した場合は、相続人はA・Bの2人だけです。夫が死亡した時点で、すでに後妻はいませんので、「さらなる後妻の相続人は誰か?」ということは考える必要がないのです。このように、相続は死亡した順番によって驚くほど相続人が変わってしまう性質があるので、注意しておかなければなりません。

 

不在者財産管理人 行方不明者に財産管理人がいない場合に、家庭裁判所は申立てにより、不在者自身や不在者の財産について利害関係のある人の利益を守るため、財産管理人選任を行うことができます。不在者財産管理人は、不在者の財産を管理するほか、不在者に代わって遺産分割や不動産の売却等を行うことができます。

後妻死去で「亡き父の遺産」が後妻の兄弟姉妹のモノに

また、次のような事例もありました。

 

父と前妻は子供の幼少期に離婚しており、後妻が「育ての親」であったため、前妻の子と後妻との関係が大変良好な家族でした。後妻は前妻の子を我が子のように育ててきたため、父が死亡した際の相続手続では、子供たちは「お母さんが全部相続してくれたらいいよ」という話で、円満に後妻がすべての遺産を相続することになりました。

 

そして事件は起こります。後妻が不幸にも交通事故で亡くなってしまったのです。事故が市営バスによるものであったため、損害賠償として相続人に対して数千万円支払われることになりましたが、さてその相続人とは誰でしょうか。

 

この場合の相続人は、後妻の兄弟姉妹です。前妻の子からすると、自分の実家を含む父の遺産をすべて相続した後妻の遺産は自分たちにはまったく相続されず、すべて後妻の兄弟姉妹に相続されてしまうのですから、たまったものではありません。

 

しかも、後妻とその兄弟姉妹は疎遠で連絡を取ることもない関係でした。もともと後妻が持っていた数千万円と実家、そして市から支払われる損害賠償金数千万円は、会ったこともない後妻の兄弟姉妹がすべて相続してしまいました。

 

前妻の子たちは、相続人としての権限が法律上まったくありません。実家やお金を譲ってもらうにしても、それは遺産分割ではなく贈与となるため、暦年贈与の110万円を超える額については、贈与税が課税されてしまう関係になります。

 

もはや後の祭りですが、このケースでは前妻の子と後妻との間で養子縁組をしておくべきでした。もちろん遺言も有効な手段ではありますが、関係が良好であって我が子のように育ててきたのであれば、どこかのタイミングで養子縁組をしておくのがベストであったと考えられます。

 

 

坂本 将来

司法書士、行政書士

 

古谷 佑一

税理士

 

 

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