遺言書を作成すべき人々は、富裕層だけではありません。遺産は自宅と少々の預貯金だけ、という一般的な家庭でも相続トラブルは十分起こり得ます。たとえば相続人の誰かが認知症等になったとき、遺言書があるかないかによって遺産分割の自由度が大きく変わることをご存じでしょうか? 身近なトラブル事例とともに解説します。※本連載は、司法書士・行政書士の坂本将来氏、税理士の古谷佑一氏による共著『奥様のための相続のはなし』(日本法令)より一部を抜粋・再編集したものです。

相続人に認知症・知的障害者・行方不明がいるケース

相続人の中に認知症・知的障害者・行方不明(以下「認知症等」といいます)の方がいる場合には、自分自身で意思表示ができないため、そのままでは相続手続を進めることはできません。

 

まず、家庭裁判所に対して認知症等の方の代わりに財産管理を行う成年後見人や不在者財産管理人(以下「成年後見人等」といいます)を選任するように申し立て、その選ばれた成年後見人等とともに遺産分割をしなければなりません。なお、成年後見人等は本人の財産を守ることが仕事ですので、法定相続分の財産を受け取らなければ実印を押すことはないでしょう。

「自由な遺産分割」は不可能…半年以上かかることも

事例でみてみましょう。相続人が奥様と子供2人の場合で、遺産は1,000万円の価値のある自宅だけというケースで考えてみます。法定相続分は奥様500万円、子供それぞれ250万円ずつです。なお、次男は知的障害者です。

 

もし仮に、相続人全員が健常者であるなら、「自宅は妻が相続する」と話がまとまれば、妻は自分に名義を変えて、「子供たちは何も相続しない」という内容で遺産分割することも可能です。法定相続分が法律で決められていても、話合いで自由に分けることができるため、他の相続人が「ゼロでもいいよ」というのなら、それでよいからです。

 

しかし、事例のように認知症等の方がいる場合は話が違います。繰返しになりますが、成年後見人は本人の財産を守ることが仕事ですので、基本的に法定相続分の財産を受け取らなければ、実印を押すことはありません。

 

この事例の場合、次男の成年後見人は法定相続分250万円を守らなければなりませんので、奥様は次男(の成年後見人)に対して250万円を支払わなければ、自宅を自分の名義に変えることができないのです。

 

(※写真はイメージです/PIXTA)
(※写真はイメージです/PIXTA)

 

このように、知的障害者や認知症等の方がいる場合は、自由に遺産分割をすることができず、法定相続分通りの遺産分割を強いられるため、非常に手間・お金・時間がかかります。なお、奥様や長男が次男の成年後見人である場合においても、利益が相反するために別途「特別代理人」を選任しなければならず、同じ結果となります。要は、恣意(しい)的な遺産分割ができない仕組みになっているのです。

 

このようなケースでは、相続手続がすべて終わるのに半年以上かかることも多く、相続人の労力は並大抵のものではありません。さらに、成年後見人の仕事は、この相続手続が終わって「はい、おしまい」とはいかず、本人が死亡するまで成年後見人を付けておかなければなりません。成年後見人に報酬を払い続けることを考えると、「たった一度の相続手続のためだけに、亡くなるまで成年後見制度を利用することになるのか」と二の足を踏んでしまうことも多いのが実情です。

早めに「遺言書」を作成しておけば万事解決

このケースも、ご主人が元気なうちに遺言書を作成しておけば、速やかに相続手続が完了したはずです。読者である奥様方は、相続人の中に「認知症の方」「知的障害のある方」「連絡の取れない方」がいないか確認してください。これらの方がいるようであれば、元気な今のうちに、ご主人とともに遺言書作成について話し合ってみましょう。

 

内閣府『高齢社会白書(平成29年版)』によれば、認知症と診断された65歳以上の高齢者は令和2年にはおよそ600万人に達し、認知症患者は2030年に830万人(人口の7%)、2060年に1,154万人(人口の12%)まで増加する可能性がある、とされています。

 

また別のデータ(※)では、2030年には認知症患者の保有資産が215兆円に達すると予想されています。この215兆円という数字は、なんと日本全体の家計金融資産の10%を超えるそうで、それだけのお金がまったく動かない凍結状態になるのですから、これはちょっとした金融危機です。

 

認知症になってしまったら、「生前贈与」「売買契約」「遺言」「投資」等、あらゆる相続対策は行うことができなくなりますので、自分は大丈夫だと思わずに、早めの対策を取っておくべきです。

 

認知症と診断されていなくても、年齢を重ねるとともに判断能力が低下することは自然なことですので、将来自分の親や自分自身が認知症になったときのことを頭に入れて、対策しておくことをオススメします。

 

※ 第一生命経済研究所「Economic Trends」(http://group.dai-ichi-life.co.jp/dlri/pdf/macro/2018/hoshi180828.pdf)

 

 

坂本 将来

司法書士、行政書士

 

古谷 佑一

税理士

 

 

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