(※写真はイメージです/PIXTA)

一般に女性のほうが平均寿命長いため、相続に関する相談者の割合も女性が多いようです。実際、数々の相続案件を手がける筆者らのもとにも、「夫を亡くした妻」が多く訪れるといいます。奥様から寄せられた質問のうち、ここでは「相続放棄」について見ていきましょう。※本連載は、司法書士・行政書士の坂本将来氏、税理士の古谷佑一氏による共著『奥様のための相続のはなし』(日本法令)より一部を抜粋・再編集したものです。

相続放棄しても、相続人の「固有の財産」は受取り可能

奥様「相続放棄をしたら、本当に何も資産を受け取ることができないの? 遺族として、いろいろと費用がかかることもあると思うけど…。」

 

司法書士「良い質問ですね! 相続放棄をした場合、被相続人の持っていた財産に手を付けてはいけません。しかし、相続放棄をしても、受け取れる財産があります。」

 

奥様「たとえばどんなものがあるの?」

 

司法書士「代表的なのは、生命保険金や死亡退職金です。これらは、法的に被相続人の遺産とはならず、相続人『固有の財産』として受け取るものと扱われます。」

 

奥様「そうなのね。それを知っているだけでも、相続放棄をするかどうかの判断がずいぶん変わってきそうね。」

相続放棄をしても「受け取れる財産」の一覧

相続放棄をするかどうか検討している間にも、遺族には、故人にまつわるさまざまな手続きが求められます。その中でも、とくにお金を支払う・受け取るという類の手続きには、注意を要します。「相続放棄をしても受け取れる財産」と「相続放棄をしたら受け取れない財産」があるからです。

 

両者を判断するポイントは、「もし故人が生きていれば、その本人が法的に受け取るはずのお金であったかどうか」です。本人が受け取るはずのものであったなら、遺産の中に含まれることになり、その遺産を相続人が受け取ってしまうと相続を認めたことになります(単純承認)。

 

次に挙げるものは、遺産には含まれず、相続人の「固有の財産」とみなされる財産の例です。これらは、相続放棄をしても受け取ることができます。

 

●生命保険金

生命保険金の受取人として奥様が指定されているのであれば、これは相続放棄をしても受け取ることができます。

 

たとえ受取人が「法定相続人」とされていたとしても、生命保険金は受取人固有のものであり、相続財産ではありませんので、やはり受け取ることができます。つまり、「借金等はすべて相続放棄をして、生命保険金は受け取る」ことも許されます。

 

ただし、生命保険の受取人が「被相続人」である場合は、その保険金は相続財産に組み込まれてしまい、受け取ることができません。

 

●死亡退職金

ご主人の勤務先の就業規則や社内規程によって異なります。退職金の規定において、退職金を受け取る人の範囲や順位を民法とは異なる定め方をしている場合、遺族が「固有の権利」として受け取ることができます。相続放棄をしている場合も同様です。

 

退職金の規定がなかったり、あったとしても受取人の範囲・順位がはっきり定められていなかったりする場合は、見解が分かれるところです。専門家に相談しましょう。

 

なお、公務員の場合は、法令等により「固有の財産」として受け取ることができます。

 

●遺族年金

遺族年金は、遺族がその「固有の権利」に基づいて受給するものであり、相続財産には含まれません。よって、相続放棄をしても受け取ることができます。

 

●未支給年金

未支給年金とは、年金受給者が死亡した場合に、その者に支給すべき年金であって、まだ支給されていないもののことをいいます。

 

たとえば、老齢基礎年金の受給権者が7月20日に死亡した場合、その者が最後に受け取る年金は、6月15日に支給される分(4月分と5月分)になります。

 

未支給年金は、自動的に振り込まれるものではないので、遺族から請求しない限り支給されません。忘れずに請求しましょう。

 

未支給年金は、受給者である被相続人の財産のように思えるかもしれませんが、法律で「自己の名でその未支給の年金の支給を請求することができる」と定められており、「固有の権利」として受け取ることができます。相続放棄をした場合も同様です。

 

ただし、未支給年金を受け取るためには、次の(1)(2)の条件を満たす必要があります。

 

(1)年金を受けていた被相続人と「生計を同じくしていた」※1こと

(2)配偶者、子、父母、孫、祖父母、兄弟姉妹またはこれらの者以外の3親等内の親族から請求すること

 

ちなみに、(2)の請求には、請求できる順位があります(㊀配偶者、㊁子、㊂父母、㊃孫、㊄祖父母、㊅兄弟姉妹、㊆3親等内の親族)。

 

※1 「生計を同じくしていた」…厚生労働省の認定基準では、「住民票上同一であるとき」「住民票上世帯を異にしているが、住所が住民票上同一であるとき」「住所が住民票上異なっているが、現に起居を共にし、かつ、消費生活上の家計を1つにしていると認められるとき」の3つの場合に分けて規定されています。実務上は、世帯全員の住民票等の添付書類、生計同一関係の申立書に基づいて認定を行います。

 

●葬祭費・埋葬料

被相続人が国民健康保険または後期高齢者医療制度に加入していた場合には「葬祭費」、健康保険・共済組合等の社会保険に加入していた場合には「埋葬料(費)」という名目で、給付金が支給されます。これらは、喪主が「固有の権利」として給付金を受け取ることになり、相続放棄をした場合も受け取ることができます。

 

●高額医療費の還付金(被相続人が世帯主ではない場合)

亡くなった方が、世帯主(または健康保険の被保険者)ではない場合、世帯主は相続放棄をしても高額医療費の還付金を受け取ることができます。

 

亡くなった方が世帯主の場合、高額医療費の還付金は世帯主の相続財産に組み込まれてしまうため、相続放棄をすると受け取ることができません。

 

●団体信用生命保険

住宅ローンの債務者(被保険者)が死亡したとき、保険会社から住宅ローンが完済される団体信用生命保険については、その保険金の受取人が債権者(金融機関)であるため、そもそも住宅ローンの債務が相続人に引き継がれることがありません。よって、団体信用生命保険に加入している住宅ローンについては、相続債務として考慮する必要はなく、相続放棄をしても遺族から申請の手続きをすることができます。

 

ただし、被相続人(故人)名義の住宅に同居していた相続人が相続放棄をする場合は、その住宅も放棄しなければならないため、住み続けることができなくなる点に注意が必要です。

 

●香典

通夜・告別式の際に受け取る香典は、原則として喪主のものです。そもそも相続財産ではないので、相続放棄をしても受け取ることができます。

 

●祭祀財産

祭祀財産とは、お墓、仏壇、位牌など、ご先祖の霊を祀まつるために必要な財産をいいます。これらは、慣習に従って承継した人のものとなります。そもそも相続財産ではないので、相続放棄をしても受け取ることができます。

「相続放棄が認められなくなる行為」に要注意

次のようなことをしてしまうと、相続放棄が認められない(相続財産の処分にあたると判断される)可能性が高いです。

 

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【相続放棄が認められない行為】

× 預貯金・不動産・株式等、被相続人名義の財産について相続手続をする(原則として相続したことを認めたことになる)。

 

× 高価な形見を受け取り、使用・売却する。

 

× 株式に基づく株主権の行使(被相続人が会社の社長かつ株主であった場合、安易に株主総会を開催して役員変更等を行うと、相続放棄ができなくなるおそれがある)。

 

× 相続財産である賃貸不動産の賃料の受取口座を、自分名義の口座に変更。

 

× 価値のある衣類を第三者に譲る。

 

× スーツ・毛皮・コート・靴・じゅうたん等の遺品を、すべて自宅に持ち帰る。

 

× 相続財産からの支出で、仏壇仏具・墓石を購入※2

 

× 被相続人が支払うべき税金・借金・医療費等を相続財産から支払う(相続放棄をすれば支払義務はない。これらを被相続人の財産の中から支払ってしまうと、原則として相続放棄ができなくなる)。

 

× 他の相続人から「手続きに必要だから」と署名押印を求められ、これに応じる※3

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※2 続放放棄を認めた裁判例もありますが、相続財産からの支出でこれらを購入することは、控えたほうが無難です。

 

※3 相続放棄の意思があるのに署名押印を求められた場合は、「家庭裁判所で相続放棄の手続き中である」旨を伝えて、相続放棄が完了するまで待ってもらうしかありません。相続放棄の完了後に、相続放棄申述受理証明書を渡しましょう。この対応は、債権者や役所等に対しても同様です。

裁判の結果、相続放棄が認められた事例

次の例は、相続放棄の後、相続財産に手を付けたかどうか(相続財産の処分にあたるかどうか)が、実際に裁判で争われた結果、相続放棄が認められたという事例です。

 

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【相続放棄が認められた事例】

◎ 価値がなくなるほど使い込んだ被相続人の上着とズボン各1着を処分した。

 

◎ ほとんど経済的価値のない被相続人の身の回りの品およびわずかな所持金を引き取り、これに相続人の所持金を加えて、遺族として当然すべき火葬の費用や医療費残額の支払いにあてた。

 

◎ 被相続人名義の現金預金を解約してしまったが、預金を封筒等にいれ、他の現金とは分けて保管していた。

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これらはあくまで、個別のケースにおいて裁判所が判断した結果であり、必ず同じ判断がされるわけではありません。

 

相続放棄をした場合、被相続人の財産には手を付けないに越したことはありません。

 

 

坂本 将来

司法書士、行政書士

 

古谷 佑一

税理士

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