「文脈を大切にする」ことはビジネスでも必要
世界の流れを読み、自分の特徴を知る
ゴッホのような狂気の天才とは一線を画して、きわめて理性的な態度で美術史に革命を起こしたアーティストたちもいます。
ご紹介するのは、固有色を無視して自らの内面に忠実に色彩を駆使し、色彩の革命を起こしたフォービズム(野獣派)の旗手、アンリ・マティスです。マティスの起こしたフォービズムは、赤や黄色、緑などの原色を大胆な筆致で描くもので、当時は暴力的にすら見えていたものでした。
マティスは絵画史の流れを学び、歴史を俯瞰することで、自らの表現の位置づけを相対的に理解し、次の時代の絵画として戦略的にフォービズムを実行しました。マティスは、ゴッホやゴーギャンが試みた色彩での感情表現のバトンを受け取る形で、意図的にこのような大胆な作品をつくり出して、世に問うていたのです。
ゴッホは毛糸玉を使って補色を独学で研究したといわれていますが、20世紀初頭には、私たちの脳が外界から受ける光のシグナルをどう受け止め、色を認識するかという色彩理論が画家たちに普及していきました。マティスはそうした理論を参考にしながら、科学的態度で色を選び感情を表現していったのです。
大胆な筆致と色使いから「フォーヴ(野獣)」と呼ばれたマティスでしたが、当人はいたって頭脳明晰かつ理知的な人物で、伝統的な絵画の技法もしっかりと身につけた上で、美術史のコンテクストの流れに乗りながら、フォービズムを世に送りだしていたのです。戦略的に自らをプロデュースするというアーティストは、どんな時代にもいるわけですが、今も変わらず必要とされる能力です。
100年ほど現代に近づけて、次に紹介するのが、杉本博司です。今や世界でもっとも有名な日本人アーティストの一人となった杉本も、きわめて戦略的な活動を見せています。ニューヨークを拠点にする杉本は、まだ美術の表現として確立していなかった写真を活用して、日本的な緻密さをミニマリズム、コンセプチュアリズムという欧米の美術の中へ移植し、世界的な評価を受けたアーティストです。
一度、世界の舞台で評価を受けた後、杉本は次にそのポジションを活かして、平安時代や江戸時代の中に眠る日本美術の独自の装飾性や平面性を再評価し、日本の古典的な様式美を世界的な文脈の中に置き直しました。
世界から見れば土着的で地方色の強い日本美術を世界の美術の文脈の中で見せていったのです。それだけにとどまらず、建築や庭園の設計にまで手を広げて、自分の理想とするアートサイトを小田原に実現しています(小田原文化財団 江之浦測候所)。日本美術を現代の文脈に置き換えて、現代アートとして提示しているところが、杉本のすごいところです。