帝国キネマに移籍して最初の給料日に
役者やスタッフを育てようという意識が希薄で、搾取の対象としか見ていない。1円でも多くの利益をあげるために金を出し渋る。また、契約の観念も乏しく口約束が多く、それを簡単に反故にした。
たとえば、大正13年(1924)に公開された『籠の鳥』は、帝国キネマ最大のヒット作となり莫大な収益をあげた。その儲けを元手に、東洋最大の長瀬撮影所が建設されたという話もある。
しかし、この作品の脚本料はわずか20円だったといわれている。大工なら10日分の手間賃にしかならない。シナリオライターもこの額には納得できず、帝国キネマと交渉したのだが、
「何も書いてなければ、1銭にもならん紙屑やないか。文字が書いてあったから20円も払ったんやで」
と、けんもほろろに追い返されたという。
これでは人が居着かず、人材は育たない。
意識の高い映画会社や製作プロダクションでは、自社の監督や俳優を育てるために先行投資をいとわない。有能なスタッフ俳優を自社専属で抱え込む。優秀な人材を確保することが、他社との競争に勝つ最上の手段であることを理解していた。
それと正反対な体質の会社だけに、理不尽なことに黙っていられない千栄子と衝突するのは目に見えている。
帝国キネマに移籍して最初の給料日にそれは起こった。
会社が契約時に提示した給料を支払わなかったのである。担当者はなんだかんだと理由をつけて、約束を守る気はない。
それどころか、
「天下の市川百々之助と共演させてもらえるのやから、給料もらわんでもやらしてほしいという女優は、いっぱいおるんやで」
と言う始末。新人女優だと思って舐めていたのだろう。
気性の激しい千栄子だが、もはや怒る気も失せて啞然としてしまう。呆れて物が言えない。そんな感じだろうか。
「こんな会社、金輪際かかわりたくない」
と、1ヵ月も在籍することなく専属契約を解消した。
カフェーの女給仲間から紹介されて、小さな映画製作会社に入り、女優となってからまだ2年も経っていないのだが、まったく腰が落ち着かない状況が続く。
青山 誠
作家
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