NHK連続小説『おちょやん』で杉咲花さん演じる主人公、浪花千栄子はどんな人物だったのか。幼いうちから奉公に出され、辛酸をなめながらも、絶望することなく忍耐の生活を送る。やがて彼女は銀幕のヒロインとなり、演劇界でも舞台のスポットライトを浴びる存在となる。この連載を読めば朝ドラ『おちょやん』が10倍楽しくなること間違いなし。本連載は青山誠著『浪花千栄子 昭和日本を笑顔にしたナニワのおかあちゃん大女優』(角川文庫)から一部抜粋し、再編集したものです。

大阪を拠点にフリーランス女優として

渋谷天外との出会い

 

帝国キネマを辞めた後、千栄子は大阪を拠点に、フリーランスの女優として仕事を続けた。

 

女優として生きると決めたからには、もっと芸を磨かなければならない。自分がもっと人を魅了するような演技ができていたのなら、帝国キネマも約束を守って給料を払ってくれたかもしれない。

 

いまの自分に、映画会社はさほどの価値を感じていない。だから平気で約束を反故にする。捨てても惜しくない存在と思っていたのだろう。

 

千栄子はセリフ覚えがよく、新人ながら肝が据わっていると評価されていた。

 

浪花千栄子は「岡嶋」という芝居茶屋に居候しながら、映画や舞台の仕事がない時は、女中の仕事をして生活費の足しにしたという。(※写真はイメージです/PIXTA)
浪花千栄子は「岡嶋」という芝居茶屋に居候しながら、映画や舞台の仕事がない時は、女中の仕事をして生活費の足しにしたという。(※写真はイメージです/PIXTA)

 

女中奉公で一時も気の抜けない日々を過ごした経験から、監督や共演者の求めていることを、すぐに察する勘の良さが身に付いている。

 

だから、他の新人女優とは違って撮影がスムーズに運ぶ。製作側からすれば使い勝手がよく重宝した。女優をチャンバラ映画の添え物と考えれば、それで充分だろう。

 

だが、それなら代わりはどこにでもいる。必要不可欠の存在というわけではない。

 

このまま進歩しなければ、女中奉公の頃と何も変わらず、理不尽にさいなまれ、惨めな思いを味わうことになる。

 

何ものにも代えがたい価値のある存在は、誰も手放したくはない。

 

もっと上手くなり、芸を究めたい。この役は浪花千栄子にしかできない。そう思われるような域に達することができれば、もっと大切に扱ってもらえるはず。

 

約束を反故にされるようなこともなくなるだろう。そのためには、

 

「もっと、気張らんとあかん」

 

勢いで役をこなしてきた新人の頃とは違う。セリフを覚えるだけではなく、シナリオを熟読して作品への理解を深めなくてはならない。そこから思案を重ね、工夫を凝らして役をつくりあげてゆく。

 

本物の女優となるためには、さらなるがんばりが必要だと痛感する。

 

次ページ映画と舞台とでは役者の演技に求めるものが違う
浪花千栄子 昭和日本を笑顔にしたナニワのおかあちゃん大女優

浪花千栄子 昭和日本を笑顔にしたナニワのおかあちゃん大女優

青山 誠

角川文庫

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