「次もたのみますよ」役者冥利に尽きる監督の言葉
巨匠たちに愛された名脇役
昭和28年(1953)、浪花千栄子は溝口健二監督の『祇園囃子』でブルーリボン助演女優賞を受賞した。
身寄りのない娘が京都に来て、一流芸者に成長する物語で、ドロドロとした欲望にまみれた花街の現実と、そこに生きる芸者の悲哀が描かれている。
千栄子はお茶屋の女将役でこの作品に出演していた。気さくな性格に見えて随所に計算高い冷酷さをのぞかせる人物を演じている。
難しい役だが、それをみごとに演じて存在感を示した。
彼女は他にも『近松物語』『山椒大夫』など多くの作品に出演し、溝口監督が描く世界観に、欠くことのできない存在となっていた。
完璧主義者の溝口は一切の妥協を許さず、納得するまで撮り直しを命じてくる。
「どのように演技すればいいのでしょうか?」
何度もやり直しを命じられ、演技に悩んだ役者が質問してきても、
「それは役者が考えることでしょ」
助言は一切しない。自分で悩んで答えを出せと言っているのだ。
それでもできなければ罵倒したり、物を投げつけたりすることもあったという。
溝口監督は役者をとことん追い詰めて、その潜在能力を引きだす。厳しくて怖い巨匠だった。
溝口組の現場では、役者やスタッフは常に緊張を強いられてピリピリとしている。自分の仕事について研究や工夫を怠れば、すぐに溝口に見透かされ、新人もベテランも分け隔てなく𠮟責される。
気が抜けない。しかし、千栄子はこの現場が嫌いではなかった。監督の高い要求に応えることができた時、味わう達成感も格別なものがある。
また、作品がクランクアップすると、それまで怖かった溝口が笑顔を浮かべて饒舌になる。溝口組の打ち上げは、騒がしくにぎやかなことで有名だった。
辛い仕事を一緒にやりとげた仲間たちと飲む酒もまた楽しい。
「次もまた、たのみますよ」
監督にその言葉をかけてもらえるのは、役者冥利に尽きる。