NHK連続小説『おちょやん』で杉咲花さん演じる主人公、浪花千栄子はどんな人物だったのか。女優復帰を果たした千栄子は映画や舞台への出演依頼も相次ぐようになる。小津安二郎監督の『彼岸花』、黒澤明監督の『蜘蛛の巣城』、内田吐夢監督の『宮本武蔵』等々、日本を代表する巨匠たちの作品に出演者として名を連ね、映画に欠かせない存在となっていく。この連載を読めば朝ドラ『おちょやん』が10倍楽しくなること間違いなし。本連載は青山誠著『浪花千栄子 昭和日本を笑顔にしたナニワのおかあちゃん大女優』(角川文庫)から一部抜粋し、再編集したものです。

京都・嵐山に自宅を兼用した料理旅館を建てた

愛着のある嵐山に構えた邸宅

 

庭園の樹木がやっと土になじんできたようだ。

 

庭園の一角にある山桜の古木は、もうすぐ開花の時期を迎える。この土地を手に入れた時、切らずに残しておいたものだ。もう少しすれば、竹林や嵐山を背景に映える満開の桜が楽しめるだろう。

 

「やっぱり、この土地を買こうて良かったわ」

 

千栄子は洛西の嵐山に土地を購入し、そこに自宅を兼用した料理旅館「竹生」を建て、住むようになっていた。仕事の好調もいつまで続くか、人生一寸先は分からない。料理旅館の経営はそのための保険である。女優の仕事がなくなっても、食べていけるように。と、いかにも苦労人らしい発想だった。

 

浪花千栄子は嵐山に土地を購入し、そこに自宅を兼用した料理旅館「竹生」を建てたという。(※写真はイメージです/PIXTA)
浪花千栄子は嵐山に土地を購入し、そこに自宅を兼用した料理旅館「竹生」を建てたという。(※写真はイメージです/PIXTA)

 

幸いなことに、いまのところ出演依頼はひっきりなしで、女優業は忙しくなる一方。多忙な日々は続いている。

 

そうなると、体のほうが持つだろうか……と、新たな不安が頭をもたげたりする。50歳を目前にして、疲れが翌日まで残ることも多くなった。

 

そんな時には、茶室から庭や嵐山の自然を眺めて過ごす。心身がじんわりと癒やされる。過酷な女優という仕事を長く続けるためにも、ここは必要な場所となっている。無理してでも土地を買ったのは正解だった。

 

千栄子は『アチャコ青春手帖』で女優に復帰するとすぐに、自宅を建てるための土地を探しはじめていた。

 

「私は、どうにかして、小屋でもいいから自分の家をと、寝てもさめても毎日思わぬ日とてはありませんでした」

 

当時の思いが『水のように』で綴られている。別れた夫の天外は九重京子の籍を入れて、家を購入し一緒に住んでいると聞く。20年の夫婦生活で一度も家を持とうとせずに、借家暮らしだった男が……。それが千栄子の怒りを再燃させた。

 

負けたくない。その思いに背中を押されて、決心したのである。

 

心落ち着く場所を欲してもいた。京都の借家に隠遁して半年が過ぎると、わずかな蓄えはほぼ消えてなくなった。

 

このままでは家賃も払えなくなり、借家を追い出され、宿無しの無一文になってしまうだろう。自分の持家ならば、少なくとも住む場所だけは心配せずにすむ。

 

また、借家の1階には大家の家族が住んでいる。店子は常に大家に遠慮して暮らさねばならない。玄関を出入りするたびに、こちらに向けられる人の視線が気になって落ち着かなかった。

 

せめて家のなかにいる時は、誰の目も気にせず落ち着いて過ごしたい。その思いは日増しに強くなっていた。

 

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浪花千栄子 昭和日本を笑顔にしたナニワのおかあちゃん大女優

浪花千栄子 昭和日本を笑顔にしたナニワのおかあちゃん大女優

青山 誠

角川文庫

幼いうちから奉公に出され、辛酸をなめながらも、けして絶望することなく忍耐の生活をおくった少女“南口キクノ”。やがて彼女は銀幕のヒロインとなり、演劇界でも舞台のスポットライトを一身に浴びる存在となる。松竹新喜劇の…

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