土地や建物…不動産の所有権を証明する「登記」
世の中の不動産(土地や建物)には、「この土地はAさんのもの」「この建物はBさんのもの」のように名札が貼ってあるわけではありません。建物に表札があったとしても、そこに住んでいる人は借りているだけで、所有者は別の人かもしれません。
たとえば、AさんからBさんに所有者が変わった場合は、よくAさんからBさんへ「名義変更した」等と表現しますが、これを正式には「登記した」といいます。
全国の法務局には、「所有者が誰か、その不動産を担保に銀行からいくら借りているか」等のデータ(登記情報)が保管されています。登記情報を調べると、その不動産の過去の所有者の変遷等がすべてわかります。いわば「不動産の戸籍」のようなものです。
この登記情報は、他人に公開することを目的としており、法務局に行けば誰でも調べることができます。つまり、たとえばお隣さんが、いつ土地を買って、その土地を担保に銀行からいくら借りているのか、誰でも簡単に知ることができるのです。
これを知ると、「なぜそんな個人情報を公開しているんだ!?」と怒ってしまう人がまれにいますが、むしろ公開していないとマズいのです。ある人が土地を買おうと検討しているとき、その土地の本当の所有者が誰なのか、調べられないと困ってしまいます。
登記しなかったばかりに「亡き夫の自宅」を失った例
さて、奥様が配偶者居住権を他人に主張するためには、登記をしなければなりません。奥様の配偶者居住権が登記されていないと、大変なトラブルになるおそれがあります。たとえば、次のようなケースです。
相続人間の遺産分割協議によって、自宅の所有者は長男Bとして、奥様Aには配偶者居住権を設定したとします。相続人全員で遺産分割協議書にまとめて保管していますが、所有者を長男Bとする所有権移転の登記はしたものの、奥様Aの配偶者居住権の登記をしなかったとします【図表】。
長男Bは所有者ですので、奥様に承諾を得ることなく、第三者Cに自宅を売却することができます。そうすると、所有者(登記名義人)となった第三者Cは、奥様Aに対して「この家は自分のものだから、出ていってください」ということができてしまいます。
このとき、奥様Aがきちんと配偶者居住権を登記してあれば、新所有者Cに対して「私は配偶者居住権を持っているから、出ていきません」と突っぱねることができます(法律用語では「AはCに対抗することができる」といいます)。
たとえCが所有権の登記をしたとしても、奥様Aの配偶者居住権の登記が「先に」ある以上、第三者Cは自分では居住できない(※1)家を買ったことになります。登記は早い者勝ちです。長男Bから購入する前に、登記情報を確認しなかった第三者Cの落ち度です(※2)。
配偶者居住権の効力を期間限定にしたいとき、「当分の間」など不明確な定め方では認められない理由もここにあります。すなわち、他人に公示するという登記の目的によるものなのです。
配偶者居住権の登記を行うためには、所有者と奥様との共同で申請する必要があります。登記の専門家である司法書士に相談しましょう。
※1 奥様Aが死亡するまで。
※2 通常の不動産取引においては、司法書士が代理で行いますが、その職務として、物件の確認・本人確認・意思確認を行いますので、このような不測の事態になることはありません。司法書士への報酬は、書類作成代や登記申請代といった実費だけでなく、法的に安全な取引ができるという安心料と責任料も含まれているといえます。
将来的に売却するなら、登記より「家族信託」
ここまで登記の重要性を強調してきましたが、意外な落とし穴もあります。奥様が認知症になってしまうリスクです。
たとえば、奥様Aが認知症になり、家族での介護が難しい状態となり、所有者である長男Bが奥様の介護施設入居費用を捻出するため自宅を売却しようとするようなケースで、問題が発生します。
配偶者居住権の登記がされている場合、買主Cは、配偶者居住権の登記を消すこと(抹消登記)を求めます。先述の通り、配偶者居住権の登記がされている家を買っても、Cは自由に使用できないからです。
自宅を売却する前提となる抹消登記の申請についても、配偶者居住権の設定をするときと同様に、所有者である長男Bと奥様Aの共同で申請しなければなりませんが、このとき、奥様Aは認知症のため申請できない(意思表示できない)という事態になる可能性もあります。
こうなると、事実上、自宅の売却は不可能です。長男Bは、奥様が亡くなるまで売却ができません(※3)。「母のために売却するのだから、そんなの勝手に抹消登記して売れば良いじゃないか」という意見もありそうですが、法律上、認められません。
このため筆者は、将来的に自宅を売却することがあらかじめわかっているのであれば、配偶者居住権を利用せず、家族信託の活用をオススメします。家族信託であれば、奥様Aは安心して自宅に住み続けることができ、万が一、奥様Aが認知症になってしまったとしても、長男Bは奥様Aのために自宅を売却することができます。
このケースでいうと、自宅は奥様Aが相続し、その後に奥様Aと長男Bで家族信託の契約を行う流れです。
とはいえ、この手法では、いったん奥様Aが自宅をまるまる取得することになるため、配偶者居住権を利用する場合に比べて、奥様Aの相続する現金が減ることになる点に注意が必要です(法定相続分で遺産分割する場合)。
※3 後見制度を利用すれば、手続きは可能です。とはいえ、後見手続にも費用と労力がかかりますので、十分な検討が必要です。
奥様亡き後、「所有者」の手続きはシンプル
奥様Aが亡くなった後の手続きは、とてもシンプルです。配偶者居住権は配偶者の死亡により消滅しますので、自宅の所有者(長男B)は、配偶者居住権の負担のない「完全な所有権」を持つことになります。
配偶者居住権の登記は自動的に消えるわけではないので、抹消登記を行う必要はありますが、所有者が単独で申請することができますので、長男Bの大きな負担になることはないでしょう。
坂本 将来
司法書士、行政書士
古谷 佑一
税理士
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