夫亡き後の生活費…「きっちり遺産分割」では不安な妻
奥様「主人の資産が『自宅2,000万円+預貯金3,000万円=計5,000万円』なのだけど、自宅は私が住んでいるから、私が相続するとして…。もし主人に相続が発生して、遺産を相続分通りに分けたら、預貯金2,500万円は子供が相続して、私は500万円しか相続できないのかしら。」
税理士「相続人が配偶者と子の場合は、配偶者の法定相続分は2分の1なので、たしかに自宅(2,000万円の価値)を奥様が相続すれば、預金についてはあと500万円分しか奥様は相続できませんね。しかし、それはあくまで法律で決められた相続分ですので、話合いで自由に分けることはできます。お子様方は、『きっちりと法定相続分通りに分けてほしい』と言っているのですか?」
奥様「そうなの。きっちり分けないと納得しないみたいで、困っているのよ。老後の資金も不安だから、もう少しお金を相続できるとよいのだけど…。」
税理士「それなら、配偶者居住権について、お子様方に話してみてはいかがですか?」
奥様「配偶者居住権?」
税理士「配偶者居住権を設定することで、家屋の所有権はお子様方に譲り、居住権(住む権利)だけを奥様が取得する、という関係になります。仮に、居住権が1,000万円、所有権(配偶者居住権の負担付き)が1,000万円だとすると、奥様は自宅に住み続けることができ、なおかつ1,500万円のお金を受け取ることができます。」
奥様「そうなのね。家族と話し合ってみるわ。」
遺されたパートナーを手厚く保護する「配偶者居住権」
配偶者居住権とは、亡きご主人名義の自宅の所有権を奥様(配偶者)以外の人が相続したとしても、引き続き奥様が自宅に住み続けることができる、という権利です。
一般的に、ご主人が亡くなった後も、住み慣れた自宅で住み続けることを希望する人が多いものです。とくに、奥様が高齢である場合、住み慣れた自宅を離れて新たな生活を始めることは、精神的にも肉体的にも大変な負担となるはずです。そこで、このように相続をきっかけとして配偶者が悲惨な思いをすることのないよう、配偶者を手厚く保護する目的で、この制度が新設されました(令和2年4月1日施行)。
配偶者居住権は所有権ではなく居住権(住む権利)であるため、所有権をそのまま相続する場合と比べ、自宅の評価額が低額になります。その分、老後資金となるお金を多く配偶者に相続させることができ、結果的に配偶者の権利を保護しようとする制度といえます。
利用するか否かでこんなに違う「相続できる預貯金」
<配偶者居住権の事例(※1)>
相続人…奥様、子1人
遺産…自宅(2,000万円)+預貯金(3,000万円)
奥様と子の相続分=1:1(奥様2,500万円:子2,500万円)
※1 事例は【法務省ウェブサイト】より。
●配偶者居住権を利用しないケース
奥様の相続財産⇒自宅(2,000万円)+預貯金500万円
子の相続財産⇒預貯金2,500万円
奥様が自宅に住み続けることを前提として、自宅の所有権を奥様が相続する場合は、自宅の価値2,000万円分を相続したことになるため、預貯金は500万円しか相続することができません。これでは、たとえ住む場所はあっても、老後の生活費に不安が残るというものです。
●配偶者居住権を利用するケース
奥様の相続財産⇒配偶者居住権(1,000万円)+預貯金1,500万円
子の相続財産⇒負担付所有権(1,000万円)+預貯金1,500万円
このように相続すれば、自宅に住み続けることができ、また老後の生活費も多く取得することができるため、安心して生活することができます。
配偶者居住権の取得には「3つの要件」が必要
配偶者居住権が成立するためには、次の要件をすべて満たしていなければなりません。
<配偶者居住権の成立要件>
要件❶ 被相続人死亡時に、被相続人の所有である建物に配偶者が居住していること
要件❷ 遺産分割協議or遺贈or死因贈与により配偶者居住権を取得したこと
要件❸ 被相続人が、配偶者以外の者と共有持分を持っていないこと
要件❶は、被相続人(ご主人)が亡くなった際に、相続財産である建物に住んでいなければならない、ということです。なんらかの事情で、ご主人の死亡後に住み始めたという場合は、配偶者居住権を取得することはできません。
要件❷については、まず3つの取得方法の理解が必要です。
遺産分割協議とは、「話合い」のことです。相続人全員の間で話合いをして、配偶者居住権を設定します。
遺贈とは、被相続人が生前に「妻に配偶者居住権を取得させる」旨の遺言を書いておくことです。遺贈(遺言)は、被相続人が1人で作成するものであり、いつでも1人で取り消すことができます。
死因贈与は、あまり馴染みがないかもしれません。「私が死亡したら、妻に配偶者居住権を取得させる」旨の贈与契約をすることです。通常の贈与は「契約時に」効力が発生しますが、死因贈与は「死亡時に」効力が発生する契約です。遺贈と似ていますが、2人で行う「契約」ですので、片方が勝手に取りやめることはできません。つまり、遺贈より死因贈与のほうが、確実に実行することができるといえます。
配偶者居住権を取得するかどうかあらかじめ決めておけるのは、遺贈と死因贈与だけです。ご主人が元気なうちに話し合って、配偶者居住権を取得するかどうか、決めておくとよいでしょう。
要件❸は、相続財産である建物が、たとえば「亡きご主人の持分2分の1、Aさんの持分2分の1」のように、奥様ではない第三者(Aさん〔※2〕)の名義が入っている場合、配偶者居住権は取得できません、という意味です。
※2 ちなみにこのAさんは、たとえ法定相続人であっても、配偶者居住権を成立させることができません。Aさんにとっては、配偶者が亡くなるまでずっと建物を使用することができず、タダで居住を認めなければならなくなるためです。
相続人同士でモメた場合…家庭裁判所に認められる条件
相続人の間で、配偶者居住権についてモメてしまうこともあるでしょう。その場合、奥様は、家庭裁判所に対して「配偶者居住権を認めてほしい!」と助けを求めることができます。
家庭裁判所の中での話合い(調停)で解決できない場合は、最終的に家庭裁判所に決めてもらうこと(審判)になります。
このとき、家庭裁判所に配偶者居住権を認められるためには、「建物の所有者が建物を使えなくなるデメリットを考慮してもなお、配偶者に配偶者居住権を取得させる必要性がとくに高い事情があること」が条件となります。
「必要性がとくに高い」とは具体的にはどのような事情なのか、という疑問も生じますが、こればかりはケースバイケースで家庭裁判所に判断されるものであり、今後の判例の蓄積を待つしかありません。とはいえ、多くのケースでは「必要性が高い」と判断されると思われます。
増改築などはできないが「賃貸し」は可能
繰り返すようですが、配偶者居住権は「住む権利」です。あくまで所有権を持っていないため、物件を自分の所有物としていい加減に使用することはできず、「善良な管理者の注意」をもって使用しなければなりません(善管注意義務)。たとえば、建物の改築・増築をしたいときには、所有者の承諾が必要です。
同じ理屈で、配偶者居住権を誰かにあげることはできません。「配偶者」居住権という名称の通り、配偶者だけが特別に認められた権利なのです。
ところが面白いことに、配偶者居住権を他人に貸して、賃料を得ることはできます(※3)。あげることはできないけれども、貸すことはできるという柔軟な取扱いは、遺される奥様にとって、ありがたい場合もあるのではないでしょうか。
※3 ただし所有者の承諾が必要です。
期間指定がなければ「原則、奥様が亡くなるまで」有効
配偶者居住権は、上記の要件❷(遺産分割協議or遺贈or死因贈与)において、「配偶者居住権は令和●年●月●日まで」のように期間を定めておくことで、「期間限定」とすることもできます。
期間について、「当分の間」とか「別途改めて協議するまでの間」等、他人から見て不明確な定め方は認められませんので、注意が必要です。
とくに期間を定めなければ、配偶者が亡くなるまで(終身間)効力があります。「原則として、死ぬまで」というわけです。
坂本 将来
司法書士、行政書士
古谷 佑一
税理士
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