認知症父がコロリウイルス特効薬開発
化学者に変身!
「最近物忘れが激しくてなあ~。すぐに物の名前を忘れるんだよ」とじーじ。ちょっと切なくなる言葉を聞いてしんみりしている私に「ほら、今、流行りの……なんだっけ、え~と、え~と。さっきまで覚えていたのに、なんだっけ、え~と、え~と。あ!コロリ!」。
言いたいことはわかるが、「コロリ」は江戸時代にはやったコレラ菌のことだ! 思わず爆笑したら「突然笑いだすとは失礼だな」と怒られた。
ここで正式名称を伝えておかないと、デイサービスで他のご利用者様から何か言われても気の毒だと思い「コロナだよ」と言うと、耳の遠いじーじは「そうだろ、コロリだな」と、まったく聞こえていない様子。「ヨーロッパでも流行っているってテレビで言ってたが、ヨーロッパでは、昔大流行をして大変な時期があったんだよ。俺に言わせれば、今さら何を大騒ぎしているのかわからん」と。
明らかに、コロリとコロナウイルスを間違えている。そこで「コロナウイルスという、新しい菌だよ」と言うと。認知星人のスイッチON!
「何! 新しい菌だと! それは大変だ、ペニシリンが大量に必要になるな。おい、本棚から〇×化学の本を持ってきてくれ」と、いつになく真剣な表情。じーじは終戦後、〇×化学でペニシリンの仕事に携わっていたことがあるらしいが、今となっては、真実を知っている母も認知症。どこまでが真実でどこまでが作話なのかは不明である。
認知症になってからのじーじは、怪我をしたら「ペニシリンを塗る」。頭が痛くなったら「ペニシリンを飲む」というほどのペニシリン好きなので、コロナウイルスにもペニシリンが効くと思ったらしい。
本を渡すと、虫眼鏡片手に一心不乱に本を読む。そして、ノートに六角形の図形にHやSの記号を書きはじめた。も!もしやこれはペニシリンの化学構造式か?と思い、「何してるの?」と尋ねると「これは、コロリウイルスに効く、ペニシリンのはずなんだが……わからなくなった」と、化学者のような一言。
その夜、晩ご飯も早々に切り上げ、部屋にこもったじーじは、虫眼鏡片手に構造式を書き続けるのであった。