蚊にさされたい、痒くなりたい
わが家のじーじは、アルツハイマー星に住む認知星人。地球人の時はいたって普通の94歳。認知星のスイッチが入ると何故か、蚊にさされたがる。
今年の夏は蚊が少なかったような気がする。所説あるが、気温が35度以上になると蚊の吸血意慾が減退するらしい。しかし、少し涼しくなったとたんに、蚊の吸血意慾が復活したのか、植木の水やりをするだけで蚊の攻撃に合うようになった。
私が「痒いよ~」と一人言を言いながらかゆみ止めを塗っていると、「なに、蚊がいるのか? 俺はさされないぞ」とじーじ。次の日、また蚊の攻撃を受けかゆみ止めを塗っていると「なに! また蚊にさされたのか。いいな~」と何故か、蚊にさされることを羨ましがっている様子。「痒くなるから嫌だよ」というと、「俺には蚊も寄ってこなくなった……年は取りたくないもんだ」と急にしょんぼりしてしまった。
そして、この日を境に、じーじはちょくちょく「蚊にさされたい星人に変身」するようになった。食事中にゲホゲホむせている最中も「俺は……むせるよりも蚊にさされたい」。かゆみ止めCMを見れば「俺だって蚊にさされたい」。挙句の果てには「デイサービスにいるばーさんは寄ってこなくていいから、蚊にきてほしい」とまで言う始末。
そして、事件は起きた。耳元で「ぶ~ん」という羽音。痒い! またやられた!
涼しくなってきたので、ついに家の中にまで蚊が侵入したかと思って窓に目をやると、なんと家中の網戸が全開ではないか。網戸を閉め忘れたのかと思いつつ慌てて閉めていると「最近の蚊は網戸をあけても家の中までは入ってこないようだな」とじーじ。網戸を全開にした犯人はじーじのようだ。「入ってきてるよ、私はさされた」と言うと「なに!俺はさされないぞ」と言ってまたしょんぼり。
しばらくして玄関がバタンと閉まる音がした。慌てて外に出てみると、ステテコ姿で立ちすくむじーじの姿、「どうしたの?」と聞くと「蚊にさされるかどうか実験中」。どこかで聞いたフレーズだなあ。そういえば去年も蚊にさされたいからと庭にいたのを思い出した。その時、一匹の蚊がじーじの腕にとまった!
「じーじ! 腕に蚊がいるよ」と言うと「お~~! お~~~!」と嬉しそうに眺めるじーじ。しかし、蚊に刺されたにもかかわらず、ちっとも痒くならないじーじ。今度は「痒くない」としょんぼり。
じーじの実験により高齢者は痒みの元となる蚊の唾液に対する抗体ができていて、さされても痒くないということが証明されたのであった。