認知症父「墓を移すぞ、坊さん呼んでこい」
300万の胸騒ぎ
じーじは、筋力が落ちた高齢者特有のすり足で歩くので足音がしない。真後ろにいても気がつかず、振り返るとじーじがいて驚くことがしばしばあるのだが、この日は背筋に妖気を感じた。振り返ると、スーハー、スーハーと鼻息も荒く、明らかに戦闘態勢状態。
「おい、墓を移すぞ」とじーじ。そういえば半月前にもそんなことを言っていたなあと思い、「どうしたの?」と聞き返すと「あそこの霊園に墓を置いておくわけにはいかんのだ。大変なことになるから、まずは、坊さんを呼んでこい」。
出た! 認知星人の口癖「大変なことになる」。
よくよく話を聞いてみると、霊園が取り壊されるらしいのでその前にお墓を移す必要があると言っている。しかし、わが家のお墓は市営霊園で、取り壊される話など聞いたこともない。「そっか。お正月が明けたらお坊さんに連絡するね」と言った途端、認知星人ダース・ベイダー版のスイッチON!
「正月、正月って正月がどうした。坊主がいなけりゃ葬式もできん。それより、お前は葬式に必要な300万円は持っているのか? それに仏壇もだ。今あるあんな仏壇は捨ててしまわなくてはいかん」
まるで連想ゲームだ!と思っていると、ついには「ねーちゃん(叔母)の葬式には300万円もかかって、大変なことになったのを知らないのか。葬式代に300万円、300万円……」と、かなり興奮した様子でまくしたてるじーじ。お葬式の費用が心配らしい。
叔母の葬儀代は300万円もかかっていないが、そんなことを言っても納得するとは思えない。「今はそんなに費用はかからないから心配しなくて大丈夫だよ」と言うと、「まったく、あ~たは支離滅裂なことをおっしゃいますね」と、ついには敬語になる始末。
……ピカッとひらめいた!
私は仕事の関係上、ご葬儀の会社の知り合いがいっぱいいるので、その方たちの名刺をずら~っと、机の上に並べてみた。すると、「おー、お前も偉くなったもんだ、こんなに葬儀屋の知り合いがいるのか、じゃあ300万円はいらないな」と、あっさり笑顔になったじーじであった。