中小企業経営者の場合、事業の運転資金の確保のために自宅等の個人資産を抵当に入れているケースは少なくありません。経営者が健在のときには問題が目に見えなくても、その状況で万が一の事態になれば、残された家族は大変です。借金を抱えた経営者が急死して自宅が人手に渡りそうな状況下で、配偶者が住み慣れた自宅を手放さずにすむ方法はあるのでしょうか。相続問題に詳しい日本橋中央法律事務所の山口明弁護士が解説します。

 \1月20日(火)ライブ配信/
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経営者の夫が借金を抱え死亡、大切な自宅も人手に…

夫が会社を経営していましたが、妻は、会社の経営状態をまったく知りませんでした。そうしたところ、夫がある日突然亡くなりました。しばらくして、会社は債務超過の状態で、かつ夫に数億円の借金があることが分かりました。妻はこの借金を払うことはできないために困っていたところ、知人からすぐに相続放棄(民法938条)をしたほうがよいと言われました。

しかし相続放棄をすると、夫が所有者である、住み慣れた自宅も他人の手に渡ってしまう可能性が高いとのこと。ただし、親しくしている親戚からは、この自宅を購入するくらいのお金は援助したいと言われています。

妻は、どのようにしたらよいでしょうか。

「限定承認」の活用で、大切な自宅を取り戻せる場合も

このような事例で検討してほしいのが、「限定承認」という方法です。限定承認とは、「相続によって得た財産の限度においてのみ被相続人の債務及び遺贈を弁済すべきことを留保して、相続の承認をする」(民法922条)という手続です。簡単に言えば、亡くなった夫の資産が10で、負債が100だとしたら、夫の資産10で負債10を弁済すれば、残りの90は弁済しなくてよいという手続です。

 

そして、限定承認で相続財産(夫が所有する財産)を売却するときには、競売に付さなければなりません(民法932条本文)が、限定承認者(限定承認をした相続人)は、家庭裁判所が選任した鑑定人の評価に従って、相続財産の全部又は一部の価額を弁済して、その競売を止めることができます(民法932条但書)。

 

すなわち、①限定承認をした上で、②夫所有の自宅を家庭裁判所の選任した鑑定人に評価を行ってもらった上で、③当該評価額に相当する金銭を妻が弁済して、④夫所有の自宅を妻が優先的に購入することができます。

 

したがって、妻が自宅を購入する資金を準備することさえできれば、限定承認を活用した上で、夫の所有の自宅を購入して、妻はこの自宅に住み続けることができるのです。

 

限定承認後、資金を準備できれば自宅を優先的に購入できる
(※写真はイメージです/PIXTA)

 

これは、相続財産の中に、「相続人の今後の生活の基盤となる財産」や「被相続人との関係などから相続人にとって主観的価値を有する財産」が含まれていることもあるので、限定承認をした相続人がこれらの財産の取得を希望する場合には、その財産を帰属することを許すべき、との趣旨から認められた条文です。

 

また、限定承認の手続を使えば、妻は、夫の多額の借金を自らの財産から返済する必要はありません。

手続の複雑な「限定承認」だが、メリットも大きい

なお、限定承認の手続は、全国でもそれほどたくさんの件数が行われているわけではありません。司法統計によれば、2018年において、相続放棄の件数は21万件を超えているのに対して、限定承認は約700件にすぎませんでした。その理由は、相続放棄に比べて手続が複雑であるからだと思われます。

 

限定承認の手続は、まず、①相続人が数人いるときは、その全員が共同して行う必要があり(民法923条)、②相続開始があったことを知った時から3ヵ月以内に、相続財産の目録を作成した上で、家庭裁判所に限定承認をする旨を申述し、③限定承認をしたこと等の官報公告等を行ったり、知れたる相続債権者に催告をしたり(民法927条)、④その後、相続人の中から、家庭裁判所が相続財産管理人を選任して、相続財産の管理や債務の弁済に必要な一切の行為を行います(民法936条)。

 

相続財産の管理を行う中で、上述した自宅の換価手続を行う必要があり、その際に、妻が優先的に購入する機会があるわけです。ちなみに、相続放棄をした場合には、妻にこのような優先的に購入する機会が条文上で与えられているわけではありません。

 

筆者の事務所でも限定承認の手続を行ったことがありますが、簡単であるとは言いがたいので、実際に行う場合には、弁護士などの専門家に依頼するほうがよいでしょう。

 

いろいろと手続が複雑ですので、普段は検討することはあまりない限定承認ではありますが、夫が亡くなった際に、多額の借金があることが分かった場合であって、住み慣れた自宅を残したいときには、ぜひ、限定承認の手続を活用することができないか、検討してみる価値はあるでしょう。

 

 

山口 明
日本橋中央法律事務所
弁護士

 

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