本記事は、西村あさひ法律事務所が発行する『スポーツビジネス・ロー・ニューズレター(2020/12/4号)』を転載したものです。※本ニューズレターは法的助言を目的とするものではなく、個別の案件については当該案件の個別の状況に応じ、日本法または現地法弁護士の適切な助言を求めて頂く必要があります。また、本稿に記載の見解は執筆担当者の個人的見解であり、西村あさひ法律事務所または当事務所のクライアントの見解ではありません。

2. プロ野球の年俸交渉について

(1)制度の概要

 

通常、プロ野球における1軍選手の契約更改は毎年11月上旬頃から実施されていますが、本年度は、新型コロナウイルスの影響によりやや遅れて11月下旬から各球団が開始しています。

 

プロ野球の運営等に関するルールは野球協約において定められていますが、野球協約上、契約更改は「契約更新」(日本プロフェッショナル野球協約 2017※5〈以下「野球協約」といいます〉49条)として定められており、同条では「球団はこの協約の保留条項に基づいて契約を保留された選手と、その保留期間内に、次年度の選手契約を締結する交渉権を持つ。」と規定されています。

 

※5 公表されている野球協約は、2017年度版までとなっています。

 

保留条項は野球協約第9章以下に定められていますが、球団は、毎年11月30日以前に、次年度の契約締結の権利を保留する選手を含めた全保留選手名簿をコミッショナーに提出することになっています(野球協約66条1項)。当該全保留者名簿は、毎年12月2日にコミッショナーを通じて公示されます(野球協約67条1項)。

 

野球協約上、選手の年俸は「参稼報酬」と呼ばれており、球団は選手との間で締結した選手契約に基づき、統一契約書に表示された参稼報酬を支払うことになっています(野球協約87条)。そして、①当該年度の年俸が1億円を超える選手は40%まで、②当該年度の年俸が1億円以下の選手は25%までを限度として減額でき、③いずれの場合も選手が同意をした場合には、1億円を超える選手は40%以上、1億円以下の選手は25%以上の減額が可能となります(野球協約92条)。実務上、当該減額に関する制限は「減超制限」と呼ばれており、減超制限を超える年俸減額の提示(以下「減超提示」といいます)は日本選手権シリーズの最終日の翌日頃までに行われているようです。

 

そして、減超提示に対する選手の同意の状況を踏まえ、球団は上記の全保留者名簿を提出し、当該全保留者名簿に記載されない選手は12月2日に自由契約選手として公示され、自由契約(選手契約が無条件解除)となります(野球協約69条)※6

 

※6 本年度も、2021年度の全保留者名簿の公示がなされ、132名の選手が自由契約選手となっています。


他方で、契約を保留された選手との契約更新に関しては、統一契約書上、球団が選手と次年度の選手契約の締結を希望する場合には、契約を更新する権利を有する旨規定されています(2017年度版統一契約書様式※7〈以下「統一契約書」といいます〉31条)。この点に関し、統一契約書上、球団は選手に対して、「選手の2月1日から11月30日までの稼働に対する参稼報酬」を支払うことになっていますが、契約期間は1年と考えられています※8。契約更改の交渉期間中に、来年度の年俸等について「合意」に達すれば契約が更新されることになります。選手が球団から提示された年俸金額等の次年度の契約条件に対して同意をしなかった場合には、上記の「合意」に向けた交渉となりますが、当該交渉中の状況を指して報道等では「保留」と表現されています。

 

※7 公表されている統一契約書様式は、2017年度版までとなっています。

 

※8 道垣内正人=早川吉尚編著『スポーツ法への招待』(ミネルヴァ書房、2011年)279頁〔川井圭司執筆部分〕。

 

(2)年俸の減額に関する動向について

 

MLBでは、新型コロナウイルスの影響によりシーズン開始が大幅に遅れた結果、試合数が162試合から60試合に削減され、2020年度の選手の年俸(基本給)は、試合数に按分される形で一律に63%減額されています※9(以下「本件MLB減俸」といいます)。

 

※9 Kurt Badenhausen, Highest-Paid MLB Players 2020: Pandemic Slashes Wages For Baseball’s Elite (Aug. 7, 2020).
https://www.forbes.com/sites/kurtbadenhausen/2020/08/07/top-earning-mlb-players-pandemic-slashes-wages-for-baseballs-elite/?sh=43240176782d

 

これは、2016年12月1日にMLB球団及びMLB選手会との間で締結された「Collective Bargaining Agreement」(以下「CBA」といいます)と呼ばれる労働協約で定められた「Major League Uniform Player’s Contract」(以下「MLB統一契約書」といいます)の条項に根拠があります。すなわち、MLB統一契約書のGovernmental Regulation–National Emergencyの条項において、「MLBの試合が実施されない国家的な緊急事態においては、コミッショナーが統一契約書の運用を一時停止する権限を持つ」旨規定されており※10、当該規定に基づき、2020年のシーズン中にMLB球団とMLB選手会との間で1ヵ月以上に亘る協議が行われ、最終的に63%の一律減額で合意されるに至っています。

 

※10 MLB統一契約書11条。

 

これに対して、日本のプロ野球においては、MLB統一契約書とは異なり、野球協約及び統一契約書上、新型コロナウイルスの影響で試合が開催できなかった場合に年俸を減額できる明確な根拠となる規定は存在しません。そのため、NPBにおいてはMLBと異なり2020年度の選手の年俸は減額されず、各球団としては、2020年のシーズン中の試合数削減の影響は、来年度の年俸に反映せざるを得ない状況となっています。

 

そして、新型コロナウイルスの蔓延状況の収束が見えない中で、2021年のシーズンにおいて試合が開催できない事態が生じることが懸念されますが、MLBと異なり、野球協約及び統一契約書上、減額の根拠となる規定が存在しない以上は、今年の契約更改で合意された来シーズンの年俸は、原則として減額されないことになります。そのため、今年度の契約更改は、2020年における経営状態を反映すると共に、2021年の試合数減少等の事態が発生するリスクを分配する内容となっているため、球団及び選手間の交渉は非常に難しいものとなっています。

 

この点に関しては、野球協約上、個別の統一契約書において、野球協約及び統一契約書の条項に反しない範囲で、特約条項を規定することが可能ですので(野球協約47条)、理論的には、例えば、MLBのように来シーズンの試合数に按分して年俸を減額する旨の特約条項(以下「本件減額条項」といいます)を設けること等の対応が考えられます。

 

もっとも、上記の通り、MLBにおいてもMLBと選手会との間で相当長期間の議論がなされた末に本件MLB減俸が合意に至っており、本件減額条項を設けようとすれば選手側からの強い反発が予想されること、実際に日本プロ野球選手会からも本要望書の提出等により牽制を受けている状況等に鑑み、球団側は慎重な対応を行っているものと考えられます。

 

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