遊ぶ金欲しさにビルを売却
「売った?」私は思わず聞き返した。
「ええ。実は先日、甥と姪からそういう連絡があったのです。兄からこのビルを買ったという人たちがやってきて、甥と姪に、『ここは自分たちが買ったのだから出ていけ』と言っているらしいと」
私は頭を抱えた。
相続税を払うためにビルなどを売るケースはよくある。土地や建物を相続すると、まとまった額の相続税を納めなければならなくなることがある。とはいえ、相続人がそれだけの現金を持っているとは限らない。そのようなときに、土地や建物を売ってお金を用意することがあるのだ。
しかし、今回のケースはまったく事情が違った。税金を払わずに消えたのはタクシーさんの兄であり、陰でビルを現金化したのもタクシーさんの兄であるからだ。
「納税のための売却でないとしたら──」私はそこまで言い、言葉を飲み込んだ。
おそらくタクシーさんの兄は、納税のためではなく、自分で使うために現金化したのだと思った。確信犯的に現金化したのであれば脱税である。
タクシーさんもそのことに気づいているようだった。
「ビルの代金は?」私は確認のため聞きました。
「売却の話が事実であれば、兄が受け取ったと思います」
「では、まず売却の話から明らかにしましょう。仮に事実だとしたら、甥っ子さん、姪っ子さんはビルを出なければなりません」
「そうですね。まったく、なんてことを──」
タクシーさんはそう言い放ち、兄に対する怒りと失望をあらわにしました。
タクシーさんから再度連絡があったのは、それから1週間後のことだった。電話の声を聞くだけで、タクシーさんが困窮していることが感じ取れた。
タクシーさんによると、ビルは本当に売却されていたそうだ。そのため、甥と姪はとりあえずタクシーさんの家に住むことになったという。
「お兄さんの居場所はわかりましたか?」私は聞いた。
「いいえ。親戚や知り合いを当たってみたのですが、誰にも連絡がありませんでした。本当に海外に逃げているのかもしれません」
「そうですか。色々と心配だと思いますが、相談ごとがあったらいつでも電話してください」
「ありがとうございます」そう言い、タクシーさんは電話を切った。