相続税の連帯納付義務
「それで、お兄さんが消えたのはいつのことですか?」
「正確な日にちはわからないのですが、3カ月くらい前だと思います。税務署から連絡がきて、兄が払う分の相続税が未納だと言われました。それで急いで連絡を取ろうと思ったのですが、その時にはもう家におらず、携帯電話を解約していて、連絡がつかなくなっていたんです」
「行き先も何もわからないのですか?」
「私の予想なのですが、おそらくタイにいるのではないかと思います」
「タイですか」
「ええ。兄にはずっと付き合っている女性がいました。私は会ったことがありませんが、以前、タイの人だと聞いたことがあります」
話を聞きながら、私は事情がどんどん複雑化しているのを感じた。
相続税が未納なら、延滞金だけでなく加算税が付く可能性もある。相続税の申告には時効があるが、今回のケースのように相続税の発生を知っている人が納税をしなかった場合、現実的に考えて逃げ延びるのは不可能だ。さらに海外へ逃げれば、その期間は時効が停止する。
どのような状況にあるにせよ、相続税は納めなければならない。タクシーさんが不安になるのもわかる。兄の居所がわからない以上、自分が税金を肩代わりしなければならないのだ。
「相談というのは、そのビルの相続税についてですか?」私は改めて聞いた。
「はい。兄が払うべき相続税は、私が払わなければならないのでしょうか」
「その可能性はあります。というのは、法律上、相続税には連帯納付義務があるからで
す」
「連帯納付ですか?」
「ええ。相続税は、基本的には相続した人が納付するものです。それぞれが相続した分について税金を納めます。しかし、お兄さんのように相続税を納付すべき人が、税金を納めなかったり、納められなかったりした場合は、他の相続人が代わりに納付することになるのです。それが連帯納付です」
「借金の連帯保証のようなものですか?」
「そうですね。基本的な仕組みは同じです。ただ、相続税の場合は限度額があります。自分が相続した分が限度ですので、それ以上に取られることはありません」
そう説明すると、タクシーさんは少し安心したようだった。
「そうですか。私が相続したのは現金で100万円ほどです。多くてもその金額ということですね。でも、そうなると残りの未納分はどうなるのでしょうか」
「本来の納税者であるお兄さんが納めることになります。おそらく相続したビルが差し押さえになるでしょう」
「え?」タクシーさんの顔が急に曇った。
「どうかしましたか?」
「あの、そのビルなんですが、どうやら兄がすでに売ってしまっているようなんです」