高齢の父親の家を訪ねると、いつも複数の人たちと談笑中。これまでになかった光景に疑問を感じて調べたところ、訪問販売の品々が…。ついには不動産業者と自宅売却の相談まではじめ、慌てた息子は民事信託を検討します。しかし、認知症の兆候が見られる父親にはあまり時間がありません。相続実務士である曽根惠子氏(株式会社夢相続代表取締役)が、実際に寄せられた相談内容をもとに解説します。

「民事信託」と「遺言」の違いは?

ところで、民事信託とはいったいどんなものなのでしょうか。正確に理解している人は案外少ないようです。財産を残すための手法としてよく話題にあがる「遺言」と、その特徴を比較していきましょう。

 

①財産の範囲指定について

遺言は財産の全体に対して定めるものですが、民事信託は、不動産、預貯金など、財産の一部に範囲指定することができます。

 

 

②生前対策について

遺言は相続が発生してから有効となりますが、民事信託は信託設定時から効力を発揮させることができるので生前対策のツールになります。また、遺言と同じように本人が亡くなったら財産をどうするか、といったことも決めておくことが可能です。

③費用と時間について

費用面は、民事信託と遺言で大きく違います。民事信託は、登記の設定や司法書士への報酬等が発生するので、遺言にくらべて多くの費用がかかります。また、民事信託では委託者・受託者・受益者のほかに「信託監督人」が必要となります。身内から選任する場合もかなり時間がかかるのですが、第三者を選ぶ場合はさらに時間が必要になります。

 

数ヵ月後には、家族の顔すらわからなくなるかも…

そもそも民事信託を選択肢としたのは、これから父親が寝たきりになっても、父親の貸アパートを八木さんの兄が管理し、家賃収入を父親の医療費等に充てられるようにしたいとの希望からでした。しかし、筆者は民事信託ではなく、遺言をお勧めしました。

 

筆者は八木さんが打ち合わせに来てからすぐ、事務所スタッフや専門家とともに父親と面会しました。父親は、数ヵ月後には子どもたちの顔すら分からなくなるのではと思われるほど、認知症の症状が進行しているように見えました。

 

公正証書遺言も民事信託も、意思判断能力がなければ行うことができません。設定完了までの時間を考えると、公正証書遺言のほうが完了までの時間が短く、八木さんたちのケースには適していると思われました。民事信託は、現代社会にマッチした有益な手段であるのは確かですが、本人や家族の心情や状況を考慮したうえで実行しないと、のちのち後悔することになりかねません。八木さんの父親は、意思判断能力が残っているうちに、公正証書遺言を作成することができました。

 

八木さんは兄と話し合い、父親を高齢者施設に入居させることを決めました。今後は、現預金を多く相続する予定の兄が諸々の手続きなどを主導していくことになります。

 

「現状ではベストな選択となったと思います。もっと早い段階で兄と相談していれば、違う方法もあったのかもしれませんが、とりあえずは不動産の売却などに至らなかったことに安堵しています」
 

八木さんはホッとした様子で話してくれました。

 

※登場人物は仮名です。プライバシーに配慮し、実際の相談内容と変えている部分があります。

 

曽根 惠子

 

株式会社夢相続代表取締役

公認不動産コンサルティングマスター

相続対策専門士

 

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本記事は、株式会社夢相続が運営するサイトに掲載された相談事例を転載・再編集したものです。

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