高所得な勤務医であっても、融資なしでクリニックを開業するのは大変です。ですが、医師は一般的に高属性と評価されるため、「医師に融資したい」と考えている金融機関は少なくありません。それを活用し、自分にとって有利な条件を出してくれる融資先を選別するのも有効な方法です。本記事では、金融機関の融資審査の実情と、融資を受ける際に押えておくべきポイントを見ていきます。

高所得な勤務医でも、融資なしでの開業は困難

勤務医は一般のサラリーマンに比べて高額所得者ですが、それでも数千万円~数億円にのぼる開業資金を自力で用立てるのは困難です。したがって、開業にあたって必要な資金は通常、銀行などの金融機関から借り入れます。

 

資金の借り入れにあたっては金融機関の稟議に合格しなければなりません。医師から融資の申し込みを受けた金融機関は、返済の確実性を個別に審査します。具体的には融資担当者が融資先の情報や事業計画等を記載した「稟議書」と呼ばれる書類を作成して、支店や本店の稟議を仰ぎ、問題がないと見なされれば決済されるのです。

 

資金の借り入れに当たっては金融機関の稟議に合格しなければならない。 (画像はイメージです/PIXTA)
資金の借り入れに当たっては金融機関の稟議に合格しなければならない。
(画像はイメージです/PIXTA)

 

稟議の際にチェックされるのは主に3つの項目です。

 

①個人の属性

年齢や健康状態、借金の有無など、融資を返済する能力や信頼性に関わる事項を指します。年齢が高い人や持病がある人は、返済能力を低く見積もられることがあります。また、カードローンなど確たる目的のない借り入れがあると、印象があまり良くないので、安易な利用は避けたいところです。また、金融機関は普段からの「お付き合い」を重視するので、勤務医時代から銀行などとの付き合い方を工夫しておくと良いでしょう。開業を予定している地域にある地方銀行や信用金庫などを病院から支払われる給与の振込先にしておくと、「お付き合い」の実績として評価されることがあります。

 

②事業計画

融資を申し込む際には通常、事業計画書を提出します。予定している患者数や売上、収支などを示す書類であり、金融機関にとっては返済の確実性を判断する大切な資料です。医師が自分で作るのは難しいので、付き合いのある税理士や会計士、開業コンサルタントなどに依頼するケースが大半です。

 

③担保

もし返済が滞った場合には、処分することで残債をクリアできるよう、抵当権を設置する資産です。通常は自宅などの不動産を担保とします。金融機関を所管する金融庁では、事業の内容を吟味して融資の可否を判断するよう指導していますが、国内の金融機関は依然として担保第一主義が強いと言われます。同じ担保物件に対して、評価額の何%まで貸し付けるかはそれぞれの金融機関によって異なるうえ、時期によっても違います。

 

これらの項目により、金融機関は医師を審査しますが、一般に医師は属性が高く、堅実な事業計画を示せることが多いので、一般の事業者に比べて稟議に通りやすいと言われます。むしろ「医師に融資したい」と考える金融機関はたくさんあるので、医師の側が借入先を自由に選べるケースも少なくありません。その場合には、複数の金融機関に相談を持ちかけて、より良い条件を提示する金融機関を選ぶのがお勧めです。

 

融資の主な条件は金利や返済期間ですが、これらが異なると、月々の返済額は大きく異なります。図表は5000万円の借り入れに対する月々の返済額です。金利が低く返済期間が長いプラン(金利1%・返済期間30年)に比べ、金利が高く返済期間が短いプラン(金利3%・返済期間20年)では、約7割も月々の返済額が膨らんでしまうのが分かります。融資契約の条件のみで、こういった金額差が発生するので注意が必要です。

 

[図表]5000 万円の借り入れに対する月々の返済額
[図表]5000万円の借り入れに対する月々の返済額

 

なお、金融機関は返済の確実性が高く、リスクが少ないと思われる借り手に対しては、より良い条件を示します。属性が高く、集患の確実性が高い医師ほど、有利な条件で資金を調達できるのです。

医師としての「良い評判」が融資につながる可能性も

融資についてはもう一つ、私の体験からアドバイスできることがあります。私自身が開業した頃はバブル崩壊の影響がまだ色濃く、金融機関の融資審査が非常に厳しい時代でした。今でこそ医師向けの融資はかなり優遇されますが、当時は医師といえども金融機関から提示される融資の審査や条件が非常にシビアで、資金を確保するのに苦労したのを覚えています。担保として提供した自宅の価値を低く見積もられてしまったこともあり、当初は必要な額を用意できなかったほどです。

 

そんな私に救いの手を差し伸べてくれたのが、地元で営業する都市銀行の融資部長でした。都市銀行の審査はさらに厳しいと聞いていたので訪れる予定はなかったのですが、「ダメ元で行ってみたら」という会計士の勧めに乗って相談してみたところ、思いがけず必要とする資金の全額を融資してもらえることになったのです。

 

理由を聞くと、その融資部長はすでに私のことを知っていたからだ、と教えてくれました。当時、地元の総合病院で勤務医として働いていた私の患者の中に、彼の知人が何人かいたそうです。患者たちが「良い医師だ」と言ってくれていたため、私に対する信用度合いが非常に高かったのです。

 

勤務医として働いている地域での開業を意識しているのであれば、このように医師としての評判が開業の成否につながる可能性があることを意識しておいたほうが良いかもしれません。融資に直結した私の例は極端なケースですが、法的な規制があり、大々的な広告宣伝が難しい医師にとって、地域の人から支持を得ることこそ、診療所を安定的に経営するためにもっとも重要な基盤なのです。

好条件の融資は「潤沢な自己資金」とワンセット

金融機関が事業計画を評価する際には、自己資金の額もチェックされます。自己資金が多いほど、借り入れを少なく抑えられるため、健全な事業計画を立てることができます。また、ある程度の額をしっかり用意できている医師は、堅実にお金を管理できる人だと評価されるため、好条件で融資を受けられるのです。

 

自己資金は開業後の生活をまかなうためにも必要です。診療所を開業したからといって、すぐにたくさんの患者が来てくれるわけではありません。診療所の存在が近隣に周知されるには時間がかかりますし、地域の人たちの信頼を得て口コミが広がり、たくさんの患者が来てくれるようになるまでにはある程度長い期間が必要だと考えておいたほうが良いでしょう。

 

勤務医の多くはまとまった給与所得が安定的に入るので、生活を切り詰めることには慣れていません。住宅ローンや子供の学費など、節約しにくい出費もあるなか、支出を抑えて暮らすのは家族にとっても負担です。いつまで節約すればいいのか、期間が分かっていればまだ良いのですが、患者数が一定を越えて診療所の経営が軌道に乗るのがいつなのかは誰にも分かりません。事業計画書には目安となる数字が書かれているものの、あてにはならないと認識しておくべきです。

 

安心して開業するためには、一定以上の自己資金が欠かせないのです。

 

自己資金を貯めるためには、報酬面で条件の良い病院を選ぶという方法があります。多くの勤務医は医局からの紹介や指示で勤務先を選びますが、その際、報酬を重視するケースはあまり多くありません。どの病院を選んでも、一般的なサラリーマンに比べればかなり高額の報酬をもらえるので、たいていの勤務医はお金に無頓着です。

 

最近では、勤務先を紹介してくれる会社が多々あるので「そろそろ開業資金を準備したい」と考える年代になったら、医局ではなく、そういった会社を利用するのも賢明なやり方ではないでしょうか。医局の紹介で勤務した場合には、意に沿わない病院でもなかなか辞められませんが、斡旋会社経由の就職なら、紹介者の意向や立場を心配する必要はありません。より経済的なメリットが大きく、しかも多様な経験が積めるよう、非常勤を含めた働き方を自由に組み合わせられます。

クリニックの立地における「3つ重要ポイント」とは?

診療所を開業する上で重要なのが立地の選択です。不特定多数の顧客を呼び込む必要があるビジネスでは、立地が成否を分ける大きな要素となります。同じ医師が同じ医療を提供しても、どこで開業するかによって結果はまったく違います。ですから、開業を計画するなら早い段階で、どこにクリニックを開業するのかを考えておく必要があります。クリニックの立地を考える上で重要な要素は主に3つあります。

 

①市場規模

 

クリニックの規模で異なりますが、経営が成り立つためには損益分岐点を超えるだけの患者数が必要です。一昔前は「家族の数だけ患者が来れば大丈夫」などといわれていた時代もありました。現在では医療資材などランニングコストが膨らんでいるため、「4人家族だから1日に4人以上の患者が来ればいい」というわけにはいきません。

 

開業したら何人の患者を呼び込めるかは、クリニックの人気と診療圏における患者数──すなわち市場の規模によって異なります。診療圏はクリニックに来てくれる患者の居住範囲です。競合がひしめく都市部と、競合が少ない地方では捉え方が違うので、地域の事情に照らして設定する必要があります。

 

一般的には「クリニックを中心とする半径○キロ以内」などといった考え方をしますが、実際には人の動きは直線距離だけで区切れません。傾斜のきつい坂道があったり、川や線路で分断されていたりするエリアからはなかなか来てくれないので、候補とする場所があるなら、患者が使うと想定できる交通手段(自動車や自転車、徒歩など)で、近隣を見学して回るのがお勧めです。

 

おおよその診療圏が設定できたら、エリア内の人口は市役所等で調べられます。もちろん、エリアの住人がすべて病気になるわけではないので、診療所にやってくるだろうと思われる人の数は人口に「受療率」をかけて割り出します。

 

「受療率」とはある特定の日にクリニックや病院を受診した人の割合を人口10万人当たりの数で示す数値で、厚生労働省により発表されています。「性・年齢層別」や「傷病分類別」「都道府県別」などがあるので、それらを利用することで、おおまかな患者数をつかむことができます。

 

 例えば、神経内科の医師が開業しようと考えている診療圏の人口が3000人だったとします。専門とする神経系疾患の受療率は136人/10万人(2014年10月の統計)なので、そのエリアでは一日当たり4人程度の受診があることが分かります。私も含めて、神経内科医は専門以外の内科全般を診る医師が多いので、実際にはもっとたくさんの患者を見込むことが可能です。消化器系の受療率は1031人/10万人なので、胃痛や下痢なども扱えば、一気に30人程度の需要が発生します。

 

その他にも、循環器系や呼吸器系の疾患も診療するなら、市場はさらに膨らむと考えて良いでしょう。

 

②競合

 

市場規模が大きくても、競合するクリニックが多い地域では、一つの診療所当たりの患者数が限られます。仮に人口と受療率から一日当たり100人の患者が発生すると見込める地域であっても、同じ診療科を掲げるクリニックが10件あれば、来院する患者は平均10人程度です。

 

実際には、患者の好みは偏るので、人当たりが良く真摯に対応する医師のクリニックは流行り、そうでない医師のクリニックでは閑古鳥が鳴きますが、平均値は一つの基準になります。

 

さらに言えば、新規開業したクリニックが地域の患者を獲得するのは容易ではありません。たいていの人は内科など頻繁に受診する診療科については、かかりつけ医をすでに持っています。ですから、新参の医師が割って入るためには、地域ですでによく知られている医師よりも優れているという評判を確立する必要があるのです。

 

評判や信頼は一朝一夕には得られません。時間をかけて醸成するものであり、競合が多いほど、彼らに伍ご して地域で認められるのには長い時間を要します。その間は来院する患者数が伸びにくいので、経営的には苦しい期間が長引くことになります。

 

③ 構想との適合

 

クリニックを開業する医師は、理想とする医療の構想を想い描いているものです。理想の医療はそれぞれの医師の診療科や考え方により異なります。

 

例えば、私のように地域密着で家族のかかりつけ医として活動したい医師にとっては、ファミリー層が多く住む住宅街での開業が向いています。一方、バリバリ働いているビジネスマンを支えたいというのが理想なら、オフィス街の一角や、大きな駅の近くに診療所を構えるのが適しているでしょう。

 

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嶋田 一郎

幻冬舎メディアコンサルティング

本書では、これからの医師に必要な緩和ケアや終末期医療の知識や技術、QOL向上を目的とした医療処置がどのようなものか、事例を取り上げて解説しています。また、これから開業を目指す医師に向けて、外来診療と訪問診療をミッ…

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