多忙を極める病院勤務の医師たち。過酷な状況下で、日々診療に奮闘しています。しかし、時間や体力は有限であり、患者とじっくり向き合えない勤務医の環境では、関係する人々を幸せにできないケースも…。解決の糸口はないのでしょうか? 本記事では、高齢化社会に適合し、医師や患者を過酷な状況に置き去りにしない医療システムについて考察します。

患者とじっくり向き合えない、医師の厳しい現状

勤務先を適切に選べない医師が直面する問題に、長時間労働があります。私自身も開業するまでは勤務医として働いていたので、病院勤務の忙しさはある程度経験してきましたが、今は当時よりはるかに激化しているようです。

 

人手の足りない病院では、一人の医師が多くの診療コマ数を担当し、毎日大量の患者を診療しています。そのため丁寧に診察していると、受付は昼前に終えたのに、最後の患者を診るのは15時過ぎなどということは日常茶飯事です。

 

さらに、医師には夜間の当直やオンコールといったイレギュラーな拘束もあります。深夜に呼び出されて急患を対応し、そのまま寝る間もなく通常の午前診を行うケースは珍しくありません。近年、勤務医の過労死や自殺が大きな問題となっていますが、残念ながら、多くの医師はそういった厳しい環境で働いているのです。

 

時間的余裕のない環境は、患者との接し方にも大きな影を落としています。一人当たりの診療時間を短縮するため、問診や患者への説明を簡素にすると、重大な疾患を見逃すリスクが高まります。「もう一言尋ねていたら・・・」あるいは「暮らしぶりのことを聞く余裕がもっとあれば」と密かに悔やんでいる医師も少なくないはずです。

 

医師の疲労は医療事故にもつながります。睡眠時間が取れない中、長時間労働を続けていれば、集中力の低下は必然であり、普段なら考えられないミスを犯してしまうものです。病気に苦しむ患者を助けたいと思って医師になった人にとって、これほどつらいことはありません。

 

余裕のなさは患者との関係にも影響します。近年はモンスターペイシェントの増加が医療の現場で問題視されていますが、多くの場合そのきっかけは些細な行き違いなのです。患者がモンスター化する原因は医師にもあります。

 

モンスターペイシェンとの増加が、医療の現場で問題視されている。 (画像はイメージです/PIXTA)
モンスターペイシェンとの増加が、医療の現場で問題視されている。
(画像はイメージです/PIXTA)

 

病気を抱える患者は不安であり、頼りにできるのは医師だけだと感じています。そんな彼らに対して、時間と手間をかけて向き合い、丁寧な対応を心がければ、トラブルの大半は防げるはずです。ところが現状、多くの医師にはその余裕がありません。患者としっかり向き合えない勤務医の環境は、関係するすべての人に不幸をもたらしているのです。

地方病院の医師にオールラウンドプレーヤーが多い理由

地域で活動する私が理想とするのは、あらゆる診療科をまたいで広く治療を提供できる総合医です。患者にとって、「どんなことでも相談できるお医者さん」であり、実際にその期待に応えられるだけの知識と技術を備えた医師でありたいと思っています。

 

そんな理想を描くようになったきっかけは、大学病院での臨床研修医2年目に赴任した病院での経験でした。私が赴任したのは、長野県佐久市にある総合病院。そこに勤めてすぐに感服したのは、働く医師の高い総合力でした。ある疾患の専門医が院内にいない場合、都市部なら専門医のいる他の病院に患者を送ります。ところが、田舎では「他の病院」が遠く離れています。そのため、私が赴任した病院で働く医師の多くは、なんでもこなせるオールラウンドプレーヤーでした。

 

赴任直後に衝撃を受けた私でしたが、すぐにその環境に馴染み、これ幸いと技術の習得に励みました。私の専門である内科はもちろん、他科の先生もみな指導熱心だったので、わずか1年間だったにもかかわらず、多くの医療技術を身に付けることができました。

 

例えば、その病院には麻酔医が不足していたため、外科系の先輩医師は他科の後輩に麻酔を教え、自分が執刀する手術を手伝わせていました。手術の手伝いは大変なので、多くの医師は彼らの姿を見かけると、そそくさと控え室を出て行きましたが、私は時間の許す限り外科系の手術を手伝うよう心がけました。その甲斐あって、私は今でも麻酔やペインコントロールの腕前には自信がありますし、蘇生に欠かせない気管挿管もできます。

 

技術面だけではなく、その病院では総合医療の理想ともいえる気概も教わりました。受診した患者に対して、最後まで責任を持つのがその病院の基本姿勢でした。他の病院に送れないというハンデゆえの責任感だと思われますが、その姿勢は患者にも伝わっていました。逃げない、放り出さないという信念こそが、地域の人たちに大きな安心感を与えられているのです。

 

同病院が所轄するエリアには高齢者が多く、山深い地域もあるため、医師には病院の外に出ることも求められました。気温が氷点下を大きく下回る真冬に、医師と看護師、薬剤師、事務職員という4人のチームで、深い雪を踏み分けて分院を訪れ、時には患者の自宅を訪問することもありました。

 

あれから30年余りの歳月を経て、いよいよ近年、都市部でもそのような医療の必要性が増してきました。私の想い描く、責任感あるオールラウンドプレーヤーが、まさに求められているのです。

地元に根付いたクリニックだからこそできる「絆」も

病気の数は2万種類以上あるといわれます。患者もまたさまざまなので、医療には多様性が求められます。特別な技術を持つ専門医はもちろん、臨床での治療はしない研究者も立派な医師ですし、地域の患者に幅広い医療を提供する町医者もまた、暮らしを支える「お医者さん」です。

 

私が経営する嶋田クリニックは大阪府堺市の住宅地にあります。この地で開業したのは20年以上前のことです。勤務医としてこの町に赴任してきたのは、さらにその10年前なので、足かけ30年以上にわたり、この町で医師をしてきました。

 

専門は神経内科なので、内科を主な診療科として外来診療を行う一方、訪問診療も提供しています。元々は外来だけでしたが、長く診療していると、患者も高齢化していきます。それに伴い、通院が難しくなる人が増える中で、佐久市の病院で学んだ「最後まで責任を持つ」という姿勢を貫きたいという思いから訪問診療を始めたことが発端です。

 

その後、在宅で療養する患者のお世話をするケースが増えたこともあり、在宅医療を支える訪問診療を本格的に手がけるようになりました。

 

地域で長くクリニックをしていると、医師にしか作れない絆ができてきます。現在、かかりつけ医として診ている患者の中には、勤務医だった30年前から診療している人もいます。当初は子供だったのが、結婚して立派に家庭を築いている様子を見ると、感無量です。今では夫婦や子供まで当院をかかりつけに選んでくれており、寄せられている信頼を思うと、医師になって良かったと心から感じます。

 

さらに言えば、そんな信頼を裏切ることがないよう、常にベストの治療を提供しなければという責任もあり、私にとっては常に新しい知識や治療法を模索するモチベーションにもなっています。

多くの医師にとって、在宅医療は「未開の分野」だが…

在宅医療は古くて新しい医療の形態です。我が国では、江戸時代から往診による在宅医療が一般に普及していました。当時は公的な資格がなく、医師を名乗れば診療所を開業できましたが、武士でなくても名字帯刀が許されるなど、医師には特別な地位が与えられていました。そんな特別な存在だった医師たちが、主に裕福な商家や武士たちに対して、在宅での訪問診療を提供していたのです。

 

明治時代に入り、医師に国家資格が設けられた後も、内科医の多くは外来診療と並行して訪問診療を行いました。そして診療科を専門の科に絞る医師が増える中、オールラウンドな能力が求められる訪問診療は減少していきました。

 

このような流れを経た在宅医療ですが、今後主流となる形態は旧来のものとはかなり異なると私は考えています。最大の違いは地域包括ケアシステムに基づくチーム医療が中心であることです。

 

江戸時代の在宅医療は、医師が単独で薬箱を持って患者宅を訪れるというものでした。人を伴う場合も、薬箱を持つ弟子を同行させる程度で、医療は医師が独力で提供するのが一般的だったのです。

 

ところが、現在提供されている在宅医療には、医師の他にケアマネージャーや訪問看護師、管理栄養士、薬剤師、理学療法士、ヘルパー、在宅酸素業者、在宅物品取扱業者など、多様な職種の人たちが参加しています。

 

旧来の在り方と体制が異なるのは、患者のQOLを維持しながら、より長く寄り添う必要があるためです。一昔前までは、病状の悪化により外来で病院に来ることができなくなった人が、そのまま長く生きるケースはまれでした。訪問診療を利用しながら治癒するか、あるいは短期のうちに亡くなるケースが大半だったのです。

 

ところが近年は医療技術の進歩もあり、治癒しない患者であっても、長くその状態を維持できるようになりました。慢性の病を抱えたまま数年単位で在宅医療を受ける患者が増えているため、彼らのQOLを支えるべく、チームでの対応が求められるようになったのです。

 

国はその状況に合わせて、地域包括ケアシステムを策定し、チームで対応できる枠組み作りを急いでいます。ただしその中心となるべき医師の多くは、訪問診療を経験したことがありません。また、大学の医学部や研修医として働く中で、訪問診療について学ぶ機会もほとんどありません。必要とされているにもかかわらず、多くの医師にとって在宅医療はまったく未開の分野なのです。

 

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嶋田 一郎

嶋田クリニック院長

 

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幻冬舎メディアコンサルティング

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