「手術が好き」ただそれだけだった…。新人外科医が見た、壮絶な医療現場のリアル。※勤務医・月村易人氏の小説『孤独な子ドクター』(幻冬舎MC)より一部を抜粋し、連載していきます。

大腸分野の部長である西田先生に声をかけられた。

手術室には独特の緊張感がある。空間ができ上がっているため、途中から入るのは勇気がいる。

 

ドアを開くと必然的に視線が一瞬こちらに集まる。経験上、手術している側は途中で入室する人がいても集中力が途切れることはないためあまり気にならない。それが分かっていても、途中入室する時は空気を乱してしまうような気がして気を遣う。

 

ドアが開くと、想像していた通り、室内の視線が僕に集まった。しかし、予想に反してみんなの視線がなかなか逸れない。慌てて僕は挨拶をした。

 

「外科専攻医の山川です。時間が空いたので手術を見にきました」

「ああ、山川先生か。よろしくね」

「新しく来た外科の先生ね」

 

手術室では、マスクと帽子を着用している。今日、顔を披露したばかりの僕は目元だけでは認識されなかったのである。手術室の看護師さんに至っては初対面なので認識されなくて当然だ。少し恥ずかしい思いをしたが、入ってしまえば大丈夫。みんなマスクに帽子と同じ格好をしているため、すぐに空気に馴染めるのも手術室の特徴だ。

 

「せっかく来てくれたし、手術に入ってみる?」

大腸分野の部長である西田先生に声をかけられた。

 

「え、いいんですか」

「うん、早く手を洗ってきて」

 

僕は手術が好きだ。だから外科医になった。

 

手術は手をきれいに洗うことから始まる。専用の洗剤で手を洗って、水分を拭き取り、アルコール消毒をする。手術において、殺菌されていない人間の手や部屋の壁、手術着など、あらゆるものを不潔と考える。殺菌された清潔なガウンを、おもて面に触らないように気をつけながら清潔に受け取る。どこにもぶつからないように腕を通す。背中側にある紐を看護師さんに結んでもらう。これでお腹側は誰の手にも触れていない清潔な状態を保てる。

 

清潔さだけでなく、手術には美しさも求められる。血が滲まない美しい術野(じゅつや)、無駄のない運針(うんしん)、正確な糸捌(さば)き、美しい姿勢。

 

「ここをこうすれば、術野がよく見えるんだよ」

「この指を使えば動作の無駄が少なくなる」

「先にこっちから切れば、次の操作がきれいにできる」

 

いかに無駄をなくしてきれいに手術することができるか。

 

執刀医は常にこれをテーマに手術に臨んでいる。助手はそのために手や器具を使って術野が執刀医に見えやすいように展開したり執刀医の相談相手となったりする。

次ページ「医療は芸術ではない」そう思っていたけれど…

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