どうやって老人ホームを選んだらいいのか? それには入居者の生の声を聞くのが一番と、国内最大の老人ホーム紹介センターを経営する著者は断言します。そこで著者は、数々の入居者のエピソードを通して、ホームでの暮らしの悲喜こもごもを紹介。現在、国内最大の老人ホーム紹介センターを経営する著者が、実は知らない老人ホームの真実を明らかにします。本連載は小嶋勝利著『老人ホーム リアルな暮らし』(祥伝社新書)の抜粋原稿です。

戦争の悲劇「早く、皆のところに行きたい」

この日は、観念したのか、大人しく点滴をさせましたが、食事拒否は継続していきます。いつもは、終わるはずの食事拒否が今回は終わる兆しが見えません。医師の指示でそのたびに点滴をすることになるのですが、大騒ぎで何時間もかかります。点滴をしている3時間程度は誰かがそばにいないと、自分で勝手に点滴を取ってしまいます。

 

小嶋勝利著『老人ホーム リアルな暮らし』(祥伝社新書)
小嶋勝利著『老人ホーム リアルな暮らし』(祥伝社新書)

奥さまも、今度ばかりは、ただならぬ異常を察したのか、外出をやめ、Iさんが好きな食べ物を買ってきます。若い頃から好きだったAAの羊羹ならとか、BBのカステラならとか、昔を思い出して買ってきますが、Iさんはいっこうに見向きもしません。たまりかねた奥さまは、会社経営をしている長男に連絡を取り、長男からIさんを説得してもらおうと試みます。しかし、長男が何を言おうと食事を摂ろうとはしません。帰り際に、長男は「老人ホームはプロなんだから上手く食べさせてください」と捨てゼリフを残し、帰って行ってしまいました。ホームとしてもお手上げです。

 

奥さまも長男もホーム任せで、責任はすべてホーム側にあると、こちらに矛先が向かうような気配です。しかし、ホームとしても、本人が自分の明確な意思で食事を拒絶している以上、そうそう無理やり食べさせることはできません。ましてや、点滴などの医療行為も本人から拒絶されるので、できたりできなかったりです。

 

こんな膠着状態が10日間程度続いたのち、Iさんが看護師に次のような話をしたそうです。「このまま静かに死なせてほしい。これ以上生きていても仕方がない。早く、皆のところに行きたい」と。詳しく話を聞いてみると次のようなものでした。Iさんは今の東京大学を卒業後、太平洋戦争に将校として出征しています。主に中国を転戦し多くの部下を失ったそうです。さらに、シベリアでの抑留も経験、まさに九死に一生を得た人生でした。今でも、戦争当時のことは脳裏にこびりつき、けっして忘れることはできません。というよりも、年々、当時のことは鮮明になっていき、多くの仲間から「早く来いよ」と誘われます。

 

看護師の話を聞いた奥さまは、長い間、自分が生き残ったことに対し、苦しんでいたことを知りました。戦争は生き残った人にも、多くの精神的負担を与える悲惨なものなのです。

 

私は介護現場で看護師からこの話を聞きました。聞いてすぐ思い浮かんだことがあります。それは、昔、東北地方で行なわれていた即身仏の話です。お坊さんが、村に起こる災い、日照りや水不足などの天災から村を守るために、生きたまま棺桶に入り、飲まず食わずでやがて命が尽きてミイラになる。このミイラのことを即身仏として丁寧に祭るという風習です。

 

Iさんは、戦争で死んでいった多くの部下や仲間のことを、きっと毎日考えていたことでしょう。そして自分が生かされたことに対し、感謝もしていたと思います。幸運だったと喜んだこともあるのだと思います。しかし、高齢になった今、生きていることに対し、申し訳ない気持ちが大きくなってきたのではないでしょうか。そして、このような過ちを二度と繰り返してはならないと真剣に思っていたからこそ、このような考え方に至ったのではないでしょうか。

 

結局、Iさんは、1年程度、ホーム内で絶食と点滴を繰り返しながら徐々に体が弱っていき、最後はしばらく寝たきりになり、静かに眠るように死んでいきました。

 

 

小嶋 勝利
株式会社ASFON TRUST NETWORK 常務取締役

 

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