誰からも束縛されない自由気ままな生涯
半年後のある日、いつものように職員が居室にお邪魔しお酒の相手をしていると、自慢のお漬物の味に異変を感じました。「このお漬物、少し味がおかしいみたい」と言って差し出します。彼女は差し出されたお漬物を口に入れ、「おいしいじゃない。いつもと一緒よ」と反論します。どうしてもおかしいと思った職員が機転を利かせ、他の職員にも食べさせてあげたいからと言って、ぬか床にあったお漬物を全部もらっていくことにしました。その後、他の職員にも試食をさせると、「たしかに味がおかしい」「腐っているのでは?」という見解になり、明日の朝の申し送り時に看護師、生活相談員、ホーム長を交えてどうするかを検討することになりました。
結論は「少しずつだが、物忘れが酷くなってきている。今まで、できていたことが、だんだんできなくなってきている」というものでした。年配の職員からは、「ぬか床は毎日かき混ぜなければならないのに、それができなくなったら、食材の管理は職員に任せてもらう必要があるのではないか」「もう今までのように自由にさせておくわけにはいかないのでは?」という意見が噴出しました。これらの話を彼女にしたところで「大丈夫よ」と言って拒絶されるのがおちです。
案の定、生活に対する心配事を伝えると「大丈夫」と言う回答が返ってきました。そこで、弟さんと相談し、入浴などで居室を空けている間に、職員がチェックをすることを決めました。冷蔵庫はともかく、それ以外のところから、腐りかけた食品が出てきます。それを職員が回収し、リストに記載してから廃棄していきます。そして、来訪される弟さんに破棄一覧を見てもらい、今後の対応を協議するということの繰り返しです。
1年後、弟さんの長年の説得が功を奏したのか、食品管理をすべてホーム側に任せるということになりました。購入した食品は調味料等を除き、すべて居室ではなくホームの大型冷蔵庫で職員により管理されます。彼女は、最近では「何を食べてもおいしく感じない」という訴えも多くなり、食に対する意欲もなくなってきているようです。持病のパーキンソン病も進行し、徐々にではありますが職員の手伝いが必要になってきています。
半年後、彼女は2度目の脳梗塞であっけなく亡くなりました。誰からも束縛されない、自由気ままな生涯でした。私は居室をかたずけるために来訪した弟さんが、Gさんが大切にしていたぬか床用の陶器の壺を抱えて帰る後姿を静かに見送りました。
小嶋 勝利
株式会社ASFON TRUST NETWORK 常務取締役