老妻が鬼の形相で老夫を虐待していた
さすがにたまらず、ご主人は居室から出てきて職員のところに駆け寄りますが、当然、上手く説明をすることはできません。職員が「どうしました?」と問いかけても、意味不明なことを言うだけで、おどおどしているだけです。虐待の事実がわからなかった初期のころは、職員の多くは、この現象に対し、アルツハイマーの高齢者だからこのような行動をとるのだろうと考えていました。さらに虐待は、密室の中でしか起きないため、真実を確認するまでには時間がかかりました。
ある日のこと、入浴を担当していた職員から、看護師に対し、Cさんの太ももにあざや発赤があることが報告されました。看護師は、このあざと発赤を見て、すぐに奥さまによる虐待を疑いました。そして、看護師より介護職員に対し、夜間帯の訪室を適当な理由をつけては頻回にするように申し送られました。ある日の夜間帯、医師の指示でご主人に対し目薬を差さなければならないという口実で訪室したところ、奥さまが別人のような形相で、ご主人を叩きまくっていたところを目撃しました。すぐさま、ご主人を保護したことは言うまでもありません。
しかし、人間というものは、つくづく本当に難しいもので、この事実を整理した上で、後日、ご家族を呼んで今後の二人のことを協議することになりました。私たちからご家族への提案は、ご主人と奥さまをホーム内で別居させて様子を見てみたいというものでした。しかし、ご家族からの回答はNOでした。ご家族は、今まで通り二人を一緒の居室で暮らさせたいと言います。
長男が代表して次のように説明しました。
実は、奥さまのご主人に対する虐待は、ご主人が認知症を発症してから長い間、自宅でも継続していたとのことでした。毎晩のように、ご主人に対する虐待は行なわれ、その様子を自分たちはビデオカメラで撮影し、確認もしています。多くは、奥さまによる口頭での罵倒、罵りが中心でしたが、時には手を上げることもあったといいます。しかし、しばらくすると、奥さまは別人のようにうって変わり、ご主人の面倒を献身的に見始めるといいます。
なぜこのようなことになってしまったのかは、定かではありません。現役時代のご主人には、長らく外に特定の女性がいました。そして、そのことで、奥さまがひどく傷ついたことは事実です。子供だった自分も、現役時代のご主人の振る舞いに対し、憤りを覚えています。「東大以外の大学には行くな」「東大以外は大学ではない」「東大以外は人間のクズだ」と言われ、勉強をすることを強いられ、子供ながらにご主人の理不尽さを許すことができませんでした。