いい老人ホームだと近所で評判だったのに、入居したら酷い目に遭った――。老人ホーム選びでは口コミがまるで頼りにならないのはなぜか。それは、そのホームに合うか合わないかは人によって全く違うから。複数の施設で介護の仕事をし、現在は日本最大級の老人ホーム紹介センター「みんかい」を運営する著者は、老人ホームのすべてを知る第一人者。その著者が、実は知らない老人ホームの真実を明らかにします。本連載は小嶋勝利著『誰も書かなかった老人ホーム』(祥伝社新書)の抜粋原稿です。

「うるさい家族・入居者」を排除する理由

介護職員の人手不足が深刻です。読者の皆さんも、マスコミの報道で十分に承知しているのではないでしょうか。そして、その人手不足を解消するための手段として、介護事業者はサービスの質を下げて職員に対する負荷を減らし、結果として職員の退職動機を減らしています。

 

ある特養の話です。すべての特養で行なわれているとは思いませんが、これも現在の介護業界トレンドの一つです。

 

介護業界は職員の人手不足が深刻です。(※写真はイメージです/PIXTA)
介護業界は職員の人手不足が深刻です。(※写真はイメージです/PIXTA)

 

介護職員に辞められては困るので、激しいクレームを言ってきそうな家族や入居者の入居を意図的に止めています。特別養護老人ホームに入居をするためには、入居判定委員会に掛けて判定をするという手続きが必要ですが、その時に「うるさい家族」「うるさい入居者」は排除されていきます。経営側に言わせると、入居者ニーズは多いので、職員ニーズを汲み取らないと、そもそも入居者の受け入れすらままならない。したがって、職員に過大な負荷を与える入居者は排除しなければ経営がままならない、ということなのです。

 

現在の介護保険制度では、プラスαのサービスは介護報酬に含まれていません。医療報酬と同じで、介護報酬も提供される作業に対する報酬であり、情緒的な部分は報酬には含まれていません。わかりやすく言うと、排泄介助の行為に対する報酬は介護報酬の中に含まれているので、当然、適切な排泄介助という作業をしなければなりませんが、その時に、介護職員は対象者に対し「笑顔」である必要はなく、当然「笑顔」でいる義務もありません。これが介護保険報酬の「立て付け」だと、私は考えています。

 

もちろん、今の介護保険事業は自由競争が認められているので、利用者は介護保険事業者を自由に選ぶことができ、事業者は選ばれるために他社にはない付加価値を提供すべく努力をしています。その事業者の努力が介護保険業界のサービス品質の底上げに貢献していることも事実です。しかし、この過剰なサービス合戦ともいうべき現象がヒートアップした結果、介護職員が「こんな安い賃金でこき使われてはやってはいられない」と考え、業界から逃げ出しています。勘違いをしてはならないことは、介護職員は賃金が安いので逃げ出しているのではなく、賃金の割には、いろいろなことを強いられて割に合わないと考えて逃げ出しているのです。

 

介護保険法報酬を踏まえ、介護職員の賃金は決まります。おおむねXX円ということは多くの事業者が算出し、多くの事業者で同じような賃金となります。それはいわば、国が定めた賃金と言っても過言ではありません。そして、その賃金に見合った仕事をすることを、介護職員は求められています。その一連の流れの中で、賃金と労働とのバランスを考え、介護職員に対してどこまで求めることができるのかを冷静に考え行動をしないと、永久に人手不足は解消することはできません。結果、サービスの継続も難しくなり、介護事業者が消滅してしまう可能性もあります。

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誰も書かなかった老人ホーム

誰も書かなかった老人ホーム

小嶋 勝利

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