対策を怠れば、財産の3割もの金額を納税することに
筆者が静江さんの遺産総額を計算したところ、約4億1,000万円にのぼりました。法定相続人は2名のため、相続税控除額は4,200万円。課税遺産総額は約3億6,800万となり、相続税は約1億3,000万円にもなります。これには、章さんたちもびっくり。財産の3割もお金を納税するのは、たいへんもったいないことです。
筆者が注目したのは金融財産です。静江さんの財産の大半は金融資産で、3億7,000万円にのぼります。これをそのまま持っていたなら、相続税の評価額も額面通りです。一方、日本の不動産の場合は、評価額を下げることができる「特例措置」が定められていて、要件を満たせば節税が可能になり、一般的に3割くらいに減らせるのです。これを利用し、手持ちの金融資産で不動産を購入することをおすすめしました。
お勧めの購入物件は、収益用のアパートか区分マンションです。家賃収入が見込めますし、土地が「貸家建付地」の扱いになり、評価額を下げることができます。場所は、東京都内や大阪府などの人口の下落率が少ないエリアが理想です。
「現在、店の隣に広めの空き地を所有しているので、そこにアパートを建ててもよいのではないでしょうか?」
章さんから質問がありましたが、残念ながら効果は得られそうにありません。確かに、「貸家建付地」の評価減は実現しますが、所有地はアパート向けではない場所に位置するため、空室リスクが懸念されるのです。
資産の組み換えは「本人の意思判断能力」があるうちに
注意しなくてはならないのは、成年後見人が選任される前に、静江さんが上記のような売却行為を行わないと、売却や購入行為の手続きに時間がかかる、あるいは行為そのものができなくなる、ということです。静江さんに成年後見人がついてしまうと、静江さんの意思だけでは不動産の売却ができなくなってしまいます。そのため、早い段階で結論を出すことが大切です。
「では、民事信託をしておいたらどうでしょうか?」
章さんから民事信託についても相談を受けましたが、これには、関係者全員で話し合いをしたり、信託口(専用の銀行口座のこと)を設定したりと、信託の設定が完了するまでに長い時間がかかるのが一般的です。このプロセスのなかで、静江さんの意思判断能力がなくなってしまうことが懸念されるため、今回、民事信託はお勧めしませんでした。
章さんいわく、筆者のもとを訪れる前は、父親と自身が養子となったことで節税対策は完璧だと思っていたそうです。
その後、知人に紹介してもらった不動産会社から、都内の収益物件を購入。積み上がっていた現金で一括購入し、相続税額も2,000万円弱の見込みとなり、約1億円の節税が実現できました。
「相続はいろいろな要素が絡み合って難しいですね。専門家に相談して、公平な意見をいただきよかったです」
手続き完了の際、事務所にいらした進さんと章さんは、安堵の笑顔を見せてくれました。
※登場人物は仮名です。プライバシーに配慮し、実際の相談内容と変えている部分があります。
曽根 惠子
株式会社夢相続代表取締役
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士