「あきらめ」とは未来の投資戦略である
そもそも「あきらめる」というフレーズに、みなさんはどんな印象を持っているでしょうか。まあ、なんとなく一般的には「我慢」「負け」「後退」のようなネガティブイメージがついている人がほとんどだと思います。
でも僕の言う「あきらめる」は、どちらかというと「諦念(ていねん)」に近い感覚。諦念をググると「道理を悟(さと)る心、真理を傍観(ぼうかん)する心」と出てきます。
つまり、僕の言う「あきらめる」というのは、自分の人生の傍観者になること。「もっとラクに生きてぇ〜」「もうちょい好きなように生きてぇ〜」というときに、客観視していかにうまく自分をあきらめられるかどうかで、これからの人生がすごくしんどいものになったり、意外と軽いものになったりするんです。
ちなみにこれも先に言っておくと、この連載を読んでいきなり仕事で成功して年収が上がることはありません。キラキラした誰もが憧(あこが)れるような夢が叶うこともたぶんありません。
ただこの連載をきっかけに、あなたにとってほどほどに心地よくて、しんどくない人生を始めることはできるでしょう。人生はポーカーと同じでトータルでの勝負だと思ってる僕は、人生という長期戦において、「あきらめる」というのは賢い方法だと確信しています。しかし、そもそもの選択肢として「あきらめるなんて愚行(ぐこう)だ!」と思っている人には何も響(ひび)かないかもしれない。まあそういう人に限って、どこかでパンクしちゃったりするので、戦略的に「あきらめる」方法を知っておいたほうがいいんですけどね。
厳しい受験勉強とか、就活とか、社会に出たあとの出世バトルとか(僕は「社会」をやっていないので正直あまり知ったようなことは言えないが)、人生を生きるうえでしんどい状態にあるときというのは、だいたいの人が「あきらめない」からしんどいわけです。
いい大学に入れた→じゃあ次は周りに自慢できるような一流企業だ→社会人になったらさらに上を目指して→結婚して→立派なマイホーム買って→子どもも一人前に育てて……って、全部のクエストをまともにこなさなきゃいけない人生ゲームは、正直ハードモードすぎます。
そういう生活で病んで自殺しちゃったりしたら、それこそもったいない。
もちろん、ハードモードが生きるモチベーションになる人は、好きに続けてもらえればいいんですけど、「なぜだかわからないけど、正直人生しんどいなー」と感じてる人は、その生き方が合ってないので、どんどん「あきらめる」を自分に許可したほうがいいのです。
日本には「あきらめない」を美学とする生き方が根づいているし、それを否定するつもりはまったくありません。負けないこと、逃げ出さないこと、投げ出さないことは確かにかっこいい。できるやつはすごい。毎日満員電車乗れるとかえらい。好きなことで成功して金持ちを目指すやつもすごい。
でもそんな「努力して、粘(ねば)って粘って、輝かしい未来をつかもうよ!」っていう雰囲気が社会にはまだまだあって、だから苦しい人が多くなってる。
それは「あきらめる」=負け、だと勝手に思い込んでるから。
でも本当は、そんな生きにくい現代社会の中で、「あきらめる」というコマンドを1つ用意
しておけるだけで、これからの人生って圧倒的に生きやすくなります。「あきらめる」を意識的に選択できることが、しんどくない未来への投資になるわけです。