いい老人ホームだと近所で評判だったのに、入居したら酷い目に遭った――。老人ホーム選びでは口コミがまるで頼りにならないのはなぜか。それは、そのホームに合うか合わないかは人によって全く違うから。複数の施設で介護の仕事をし、現在は日本最大級の老人ホーム紹介センター「みんかい」を運営する著者は、老人ホームのすべてを知る第一人者。その著者が、実は知らない老人ホームの真実を明らかにします。本連載は小嶋勝利著『誰も書かなかった老人ホーム』(祥伝社新書)の抜粋原稿です。

自分だけのルールやワークが存在している

私の老人ホームでも、このような問題を解決するために、何度も何度も職員全体会議を開いたことを思い出します。

 

同じ建物内で一人の施設長の管理下にある老人ホームであっても、職員が担当フロアの入居者のことしか知らないということが、平気で起こっていたのです。それくらい、高齢者介護は高齢者に心身の状態によって、求められるスキルが違うということなのです。

 

小嶋勝利著『誰も書かなかった老人ホーム』(祥伝社新書)
小嶋勝利著『誰も書かなかった老人ホーム』(祥伝社新書)

毎晩、寝る前に独自の体操とプルーンを2つ食べるのが習慣の方がいました。この事実を知らない介護職員が夜勤を担当すると、このワークは抜けてしまう可能性があります。当然、認知症のその方は、自らの意思で体操とプルーンを食べることはできません。あくまでも職員マターでやることになります。

 

私が駆け出しの介護職員だった頃、入居者の中に全盲の入居者がいました。ちなみに、彼女は私が担当しているフロアの入居者ではなかったので、日常的に私が関わるということは一切ありません。食堂に行ったり、浴場に行ったりする時に、あいさつをする程度の関係でした。

 

ある日の夜勤時、たまたま私しかいなかったため、彼女からのナースコールに対応した時の話です。私はリクエストに対応するために彼女の居室にうかがいました。それは「明日は病院受診の日だが、何時にホームを出発するのかを再度確認したい。たしか9時出発で一緒に行ってくれる職員はCさんのはずだったと思うのだが……。私は心配性なので……。ごめんなさいね」というものでした。私はいったん事務所に帰り、記録を確認、たしかに9時出発でC職員が同行することを確認した後、ふたたび居室に報告にうかがいました。お礼を言われて帰ろうとした時に、ふと見ると不自然な場所にゴミ箱があることに気がつきました。私はそのゴミ箱の中身を確認し、部屋の隅に置き直して居室を後にしました。

 

2時間後、休憩を終えて仕事に戻ると、私は夜勤の責任者から「ゴミ箱を勝手に移動させたのですか」と言われます。私は、「はい、居室の真ん中に置いてあったので邪魔にならない隅に置き直しました」と答えました。責任者は私に対し「あなたはBさんが全盲なのを知らないのですか?彼女の居室にあるものは、すべて定位置が決まっています。全盲の彼女は、その定位置がすべて頭に入っているのです。あなたが移動させたゴミ箱を探して、彼女はティッシュペーパーを捨てるのに部屋の中をぐるぐる回って、先ほど転倒してしまいました。幸い怪我はありません」と、言ったのです。

 

私はハンマーで頭を叩かれたような衝撃を受けました。すぐに居室へ謝罪にうかがいました。ベッドから上半身だけ起き上がり、彼女は私に対しこう言いました。「たとえ目が見えなくても、自分の身の回りのことは、人の手を借りずに自分でやりたいのよ、私は。目が見えないことを理由に人さまを頼っていては死んだ母から怒られるから」。私は、その場でただ頭を下げるしかありませんでした。

 

話を戻します。究極的に考えた場合、介護職員の仕事とは、「気を遣うことが苦にならないか」「身体を使うことが苦にならないか」「心を遣うことが苦にならないのか」の3択の中からの選択になる、ということです。そして、その3択の中から得意な分野の仕事を担当するというのが、介護職員の仕事の仕方だ、と考えます。

 

小嶋 勝利
株式会社ASFON TRUST NETWORK 常務取締役

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