「ここの職員は一生懸命尽くしてくれる」
ある日、大浴場でAさんと同じ男性入居者のBさんの二人が揃って入浴をしていました。Bさんは、元会社の社長さんで職員からの人気も上々な入居者です。難点は、きわめて女癖が悪く、今までに奥さまを何度も取り替えているような強者です。今の奥さまからも「もし、女性職員に悪戯(いたずら)をしたら、容赦なくビシッとやっていただいてかまいませんから」と言われているありさまでした。Aさんと同じ脳疾患で身体に麻痺が残り、入浴も職員の介助を受けて入ることになっています。
その日は、偶然、入浴の順番がAさんと同じになってしまいました。彼は相変わらず担当の介護職員に対し「お湯が冷たい」「石鹸が違う」「もっと力を入れて背中を洗え」「足の指の間を念入りに」と言いたい放題。挙句の果てに、シャワーの掛け方が雑だと言って大声で女性介護職員を叱責し、動く左手で叩いています。
その様子を隣りのブースでシャワーを浴びながら見ていたBさんは、Aさんの言動を否定するかのように大きな声で、「ああ気持ちいい。ここの職員は本当に一所懸命尽くしてくれる。本当にありがたい。どうもありがとう、どうもありがとう」と何度何度も大声でお礼を言ってくれています。脱衣所で後かたづけをしていた私の耳には、Bさんの心の声が聞こえます。「本当だったら、ぶっ飛ばしてやるところだが、そんなことしたら後々面倒になるだけ。第一、職員に迷惑がかかってしまう」。
だから、この言葉を通して「お前、いい加減にしろよ」と言っているのでした。AさんもBさんの真意に気がついたのか、暴言をやめ「もう出ます」と言って、入浴用車いすを脱衣所のほうへ向けてほしいと、介護職員に促しました。
脱衣所で着替えを済ませ、お茶を飲んでいるBさんと、私は目が合いました。その目は「上手くいっただろう」と言っているようでした。私も思わずBさんを見て「Goodjob!(よくできた!)」と言って親指を立てたことを今でも覚えています。
その日以降、Bさんの女性職員に対するセクハラに少しだけ職員が寛容になったと感じたのは、私の気のせいだったのでしょうか。私のこの対応や処理の仕方が、介護の教科書に照らし合わせた場合、正しい対応だったかどうかはわかりません。しかし、老人ホームとは、いわば小さな社会です。入居者や介護職員ら社会を構成している当事者たちが、自分流の考え方、やり方で、課題を解決していくということも、老人ホームの醍醐味の一つなのではないかと思っています。
小嶋 勝利
株式会社ASFON TRUST NETWORK 常務取締役