良一さんと母は賃貸経営に失敗し遺産を溶かしていた
良一さんとお母さまは、手元の現金がなくなったことでアパートの修繕・維持費が支払えなくなり、当然の帰結として入居率が一気に低下。アパート経営もわずか数年で赤字を垂れ流す状態になってしまいました。入居者を集めるために家賃を下げたところ、さらに収益が悪化。結局、このアパートも手放すはめになっていたのです。
お父さまの現金は、3姉妹に「ハンコ代」として渡してしまったので、良一さんの手元にはもともと預金なんてほとんどありまん。
にもかかわらず、良一さんは仕事をリタイア後も、現役時代と同じ生活レベルを維持しようとして、遺産をすっかり使い果たしていたのでした。お母さまが亡くなった時点で、もはや「ハンコ代」を払えるだけのお金など残っていなかったのです。
3姉妹は、お父さまが亡くなったときに1000万円もの「ハンコ代」をもらっていましたから、お母さまが亡くなったときも当然、同じくらいの「ハンコ代」はもらえるだろうと期待していました。ところがその期待が裏切られたため、大いに腹を立てたのです。
徹夜で口論した後も、3姉妹の怒りは収まりません。彼女らは結託して良一さんに代償分割を求めました。
しかし、そもそも遺産なんて残っていないので、「代償」もへったくれもありません。良一さんとしても、無い袖は振れないのです。彼も結局、お母さまの「公正証書遺言」を水戸黄門の印籠(いんろう)のように振りかざし、「遺言に従うしかないだろ」の一点張り。
疲弊した良一さんが私の事務所を訪れたのは、この頃でした。良一さんは心労のためすっかりやつれ、「とにかく早く解決したい」と何度も私に懇願してきたのです。
■いったい何が問題だったのか
本来、遺言があれば、遺産分割協議書を相続人の間でまとめる必要がありません。法的効力のある遺言に従うしかないからです。そういう意味では、「ハンコを押す必要さえないので、ハンコ代も何もない」というのが良一さんの理屈ですが、「争族」は理屈で解決できないから問題なのです。