足早に去る長男…妹は「待って、それはおかしいよ!」
「父さんのときと同じってことだね」
次女の由紀子がつぶやく。
「まあ、そういうことになるかな。母さんがこういう遺言を遺した以上、それに従うということで異論ないよね?」
と良一が念を押す。3姉妹は曖昧(あいまい)に頷(うなず)き、彼の次の言葉を待った。
「じゃあ、後の手続きは俺がやっておくから」
良一はそう言い放ち、これで話は終わったとばかりに立ち上がった。3姉妹は顔を見合わせて少し慌てた。
「あのさ、今回はいくらもらえるのかな?」
由紀子が切り出した。「いくらって?」と良一。
「ほら、父さんのときも財産は全部母さんと兄さんが受け継いだけど、その分私たちにはお金を分けてくれたじゃない」
良一は怪訝(けげん)そうな表情で答える。
「あのときはそうだったけど、今回お母さんは財産なんて遺してないんだよ。父さんの財産は、お母さんがこの十数年で使っちゃったから、もう何も遺ってないの。だから、分けたくても分けるお金がないんだ」
兄の思わぬ言葉に、裕子は目を見開いた。
「ちょっと待って。それは話が違うよ。兄さんは全部財産を受け継ぐんでしょ、なんで私たちには何もないわけ? それに見合うお金を払ってくれるのは、当然でしょ」
「だって、母さんの遺言にそう書いてあるじゃない。父さんのときは遺言がなかったから、俺と母さんでみんなにも遺産を分けた方がいいって決めたんだ。それでみんなも納得してくれた。だけど今回はそもそも遺産がないから、分けるもへったくれもないし」
良一はそう言い放つと、背を向けて部屋を出ようとした。長女の裕子は思わず大声を上げる。
「それはおかしいよ!」
そして3姉妹はいっせいに良一へと詰め寄り、話は平行線のまま、夜通し言い争いが続いた――。
■財産は消えても遺恨は消えず
良一さんとお母さまは、お父さまの財産を継いだ後、いつの間にかそのほとんどを失っていたのです。
早い時期に株の信用取引で失敗し、保有していた全ての株を手放すはめになってしまいました。ひとつがダメになると、転がり落ちるのは速いものです。