コロナ感染拡大により緊急事態宣言が延長されたものの、東京都の感染者数は連日100人を下回り、14日には多くの地方で規制緩和の動きも始まった。町を歩いたら、数週間前より人通りが増えたことを実感する人も多いことだろう。日本の感染者数・死亡者数の少なさを評価する声も一部で上がっているが、秋田大学医学部に在籍する宮地貴士氏は、水際対策・クラスター対策に対し、とある疑問を投げかけている。 ※「医師×お金」の総特集。GGO For Doctorはコチラ

武漢を封鎖しなかったら、どれほど拡大していたのか

2014年1月、筆者は総合科学誌『Nature』を入手し、ある論文を読んだ。小保方晴子氏による「STAP細胞論文」である。当初は大々的にその功績が称えられたが、のちの展開はみなさんのご存じのとおりだ。

 

STAP細胞事件に関する一連の批判報道のなかでは「科学は再現性が重要だ。世界中の研究者が評価し、初めて1つのエビデンスになる」と繰り返し強調されていた。この重要性を新型コロナウイルスのパンデミックに苦しむ今ほど、噛みしめるときはない。

 

未知なる「敵」に対して、どのような策を練っていくか。まさに、世界中の研究者と協力して各地の取り組みを評価し、エビデンスを積み上げていくしかない。はたして、日本はこの流れに乗れているだろうか。筆者は悲観的だ。

 

なぜなら、正確なデータに基づく科学的な議論が行われていないからだ。筆者は医学生であり、専門的な議論をするには知識と経験が不足している。だが、科学の基本の「き」しか知らないからこそ、根本的な部分で違和感を覚えている。

 

筆者は先生方の指導を受け、アイデアを論文にし、世界に発信する訓練を積んでいる。最近ではScience誌に掲載された中国の武漢封鎖に関する論文へ、レターを書き、同誌に投稿した。

 

この論文では、武漢封鎖が行われた場合と行われなかった場合にわけて、ウイルスが中国から海外に広がるシミュレーションをしていた。その結果、武漢の封鎖によってウイルスの海外への伝播が最大77%削減したという結論を出していた。しかし、シミュレーションに使われた新型コロナ患者の情報は1月13日~2月13日の期間である。そのため、武漢封鎖の影響を測定できる期間も2月中旬までと限定されている。

 

武漢封鎖の影響をより正確に評価するには、2月中旬以降のデータも必要である。そこで、2月25日に第一例の新型コロナ患者が発見されたサブサハラアフリカ地域において、新型コロナ患者がどの地域から流入したかを調査した。

 

同地域では25日以降、30日間に2,417人の新規コロナ患者が見つかった。そのうち、旅行履歴が判明しているのは442人であった。地域ごとの内訳は、ヨーロッパ292人(66.1%)、中東71人(16%)、北アメリカ32人(7.2%)、アフリカ28人(6.3%)、アジア16人(3.6%)、その他3人(0.6%)。そして、アジアからの流入のうち、中国への渡航歴があるケースはたった1件だった。

 

この実証データをもとに、武漢封鎖の影響を評価するには様々な限界がある。そもそものデータ数が少ない上に、各国が導入した水際対策や中国政府が1月27日に課した団体旅行の禁止なども大きく影響しているだろう。また、アフリカの多くの国で1月中は検査体制が整っていなかったことから、中国からの患者は発見されなかったのかもしれない。そもそも中国とアフリカの交流が欧米諸国と比べたら少ないという指摘もある。

 

科学的な研究において完璧な因果関係を断言することは難しい。今回の結果だけを踏まえて、中国の武漢封鎖がアフリカへのコロナ流入を防いだとはいえない。しかし、大切なのは、対照実験(別称:コントロール実験)のように、「比較する」ことだ。メンターの先生からは「コントロール(対照群)は何か」と常に聞かれる。

 

今回の場合は、近年、著しく増加している中国とアフリカの交流関係をコントロールとして提示した。たとえば、アフリカ最大の航空会社であるエチオピア航空は年間2,616便のフライトを飛ばしているが、その約半数は中国との便である。

 

このようなデータと中国からアフリカへのウイルス流入が少ないというファクトを踏まえると、中国の武漢封鎖によって海外へのウイルス伝播が著しく減少したというモデル研究の妥当性が支持される。これはあくまで1つのアイデアであるが、こうした分析が蓄積されていくことで世界的なコンセンサスとなっていく。

日本のコロナ拡大は「欧州からの第二波」に対する疑問

現在は新型コロナに対するワクチンや決定的な治療薬が開発されていない。そのため、経済の犠牲をいかに抑えながらウイルスを封じ込めるか、数々のシミュレーションを駆使して、政策が策定されている。ただ、これらはあくまで仮定の状況における計算であるため、実証データを用いて妥当性を評価することが重要である。

 

そのためには偏りのない客観的なデータが公開され、様々な立場の人間が分析し議論を積み重ねていく必要がある。では、日本はどうだろうか。

 

中国から海外にどうウイルスが広がっていくかをシミュレーションした論文をいくつも読み込んだ。いずれも中国の地域ごとの感染の広がりと、その地域から飛び立っている旅客数から、各国ごとにウイルスが流入するリスクを算出している。なお、多くの研究で日本が非常にハイリスクであることが指摘されていた。筆者がレターを提出した雑誌『Science』の論文でも同様だった。

 

 

近年の中国と日本の交流を考えれば当然のことだろう。2018年に日本から中国本土を訪れた人は269万人だった。日本人出国者数のうち、約15%を占める数だ。一方、2019年、中国本土からの訪日外客数は959万人であり、全訪日外客数の3割を占めている。武漢で感染が広がりつつあった2020年1月、92万人が中国から日本に入国していた。

 

このことを踏まえると1月、2月の時点で日本では相当数のウイルスが蔓延してたと考えられる。無症状の人が感染源にもなっていることから、日本のクラスター対策だけですべての患者を発見できていたはずがない。実際に専門家会議のメンバーである押谷仁教授もNHKスペシャルのなかで「すべてを発見しなくちゃいけないというウイルスではない」と発言している。

 

未知なるウイルスとの戦いである以上、常に自分たちの対策を客観的に評価し改善し続けることが大切だ。では、今回の水際対策やクラスター対策は有効だったのだろうか。

 

国立感染症研究所(感染研)は地方衛生研究所から提出された新型コロナの遺伝子解析の結果を踏まえ、現在日本で蔓延しているのは3月中旬に欧州から帰国した人たちによる第二波が原因だと決定づけている。彼らの理論によれば中国からの第一波はクラスター対策で防げたようだ。

 

国立感染症研究所は「中国からの第一波はクラスター対策で防げた」との見解を示した。
国立感染症研究所は「中国からの第一波はクラスター対策で防げた」との見解を示した。

 

だが、そもそもクラスター対策しかやっていないため、取得している遺伝子サンプルに相当偏りがあると考えられる。実際に市中で広がっているウイルスのタイプがどうしてわかるのだろうか。

 

また、このクラスター対策を支持してきたのは専門家会議である。会議の構成員には感染研の感染者が名前を連ねている。座長は感染研所長である脇田隆字氏。構成員には疫学センター長である鈴木基氏が参画している。自ら主導してきたクラスター対策を自ら評価することは、はたして科学といえるのだろうか。

 

日本中を揺るがした「STAP細胞事件」から私たちは一体何を学んだのだろうか。そして、今回の新型コロナ対策から一体何を学べるのだろうか。科学の原点に立ち返り、正確な情報に基づく客観的な議論をしていきたい。


 

宮地 貴士

秋田大学医学部

 

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