大阪・築60年以上の建物に暮らす杉山二郎さん(83歳)。月5万円の家賃を滞納し、その額は200万円に膨れ上がっていた。生涯独身、定年まで勤め上げ、「お金はあるはず」の杉山さんは、なぜ家賃の支払いを拒み続けたのか。このままだと強制執行は免れない。4畳ほどの小さな部屋を巡り、長い闘いが始まった。※本連載では、章(あや)司法書士事務所代表・太田垣章子氏の書籍『老後に住める家がない!』(ポプラ社)より一部を抜粋し、高齢者の賃貸トラブルの実態に迫っていく。

「お袋を悲しませるな」の一言で絶縁状態になった兄弟

一人暮らしのお兄さんと一緒に生活してもらうのは、難しいのでしょうか。

 

「大昔に二郎の結婚を反対して。そこから関係性が悪くなって」

 

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兄の杉山さんが呟きます。

 

二郎さんが30歳になる頃、飲み屋で知り合った女性と結婚したいと言い出したのを、亡くなったお母さんが反対したのです。そこに加担して「お袋を悲しませるな」、そう言った杉山さんを二郎さんは恨み、以来、この50年以上絶縁状態になったとのこと。

 

結局その後も二郎さんは、独身のままでした。その恨みを、ずっと根に持っているようです。

 

「嫁もいなくなって、私も90近いから。もう自分自身も生きるのに精一杯。連帯保証人だから費用は出すけど、それ以外の協力は勘弁してください」

 

杉山さんのおっしゃることも分かります。これでお兄さん宅に引き取ってもらう線は消えました。やはり二郎さんを受け入れてくれる施設を探すしかなさそうです。

 

執行官は「転居先、見つけてあげてよ。頼むわな」。そう言って現場から立ち去りました。その後ろ姿を眺めつつ、家主もそして私も途方に暮れ、そして頭を抱えました。コミュニケーションが取りづらい二郎さんと、これからのことが話し合えるでしょうか。

 

二郎さんの目のことや年齢を考えると、もはや民間の賃貸住宅での生活ができないことは明らかです。お兄さんとの同居の線も消えてしまった今、高齢者の施設か、目の悪い人の施設しかありません。そんな都合よく、施設があるでしょうか。

 

役所の方も「こちらでも探してみますが、見つかるまでのサポートもしていきましょう」と提案してくれました。

 

まずは私も含め、関わる人たちが二郎さんと人間関係を作っていくしかありません。

 

二郎さんは自分から援助を求めるようなタイプではありません。人と関わりたくない、誰も信じない、とても攻撃的な印象でした。その壁を崩していかない限り、先が見えてこない気がしたのです。

 

関係者一同が施設を探しつつ、二郎さんと普通に話ができるようにアプローチすることからのスタートとなりました。

 

天気のいい日にお弁当を買って行き、「一緒に食べましょう」と部屋の外に連れ出そうとしても、二郎さんは頑なです。「桜の咲き終わった頃にならないと寒い」と部屋の戸すら開けてくれません。梅雨前に行っても、やっぱり態度は変わりません。3カ月以上かけても、二郎さんの態度が軟化することはありませんでした。

 

この間も二郎さんは部屋に籠もりっきり。夜にでも近くのコンビニに行っているのでしょうか。ちゃんとご飯は食べているのでしょうか。部屋前に置いて帰るお弁当は、次に行ったときには無くなっています。ちゃんと食べてくれているということでしょうか。ゴミは外に出している様子もなく、部屋にどんどん溜まっていっているのでしょうか。

 

早く何とかしなきゃ、焦る気持ちはあるものの、二郎さんの張り巡らした壁は高く固いままです。

「お金は払います。それ以外は勘弁してください」

梅雨で鬱陶しい日々が続く頃、動いてくれていた役所が受け入れてくれる施設を見つけてくれました。入所の条件は身体検査を受けるということと、お身内の身元保証人をつけるということ。

 

せっかく見つかった施設、これを逃す訳にはいきません。身元保証人については、唯一の親族である杉山さんを説得するしかありませんでした。

 

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「お金は払います。それ以外は勘弁してください」

 

長年絶縁状態だった兄の立場から、杉山さんは絞り出すような声で受け入れてはくれませんでした。それも仕方がないことかもしれません。もう関わりたくないのでしょう。

 

残念なことに杉山さんは、その後、弁護士の元に駆け込んだのです。杉山さんの依頼した弁護士から、電話がありました。

 

「代理人になりましたので、杉山には連絡しないでください」

 

お名前から調べてみると、大きな事務所の先生でした。

 

「二郎さんが入る施設が見つかりました。ただどうしてもお身内の身元保証人が必要なんです。頼れるのは杉山さんしかいません。ご協力していただけませんか」

 

こちらの願いも空しく、弁護士は声を荒らげます。

 

「私は法律家です。法律の話しかできません」

 

そして電話は切られてしまいました。

 

役所の方にも身元保証人の話は何とかならないかと掛け合ってみましたが、やはり特別扱いはできないと。結局、せっかく見つかった施設も、二郎さんは入ることができませんでした。

 

そこから数カ月、二郎さんと私、二郎さんと役所の人の関係は、一進一退でした。ドアを開けて話ができたり介護のサポートができるときもあれば、喚き散らして話ができないこともあります。

 

二郎さんは、執行の催告のときより、さらに痩せているようです。部屋の前にあるトイレにも、行けていないのでしょう。あのツンと鼻につく臭いは、物件の玄関に立っただけでも気になるほどになっていました。

 

何とかしたいけど、できない。駆けずり回って候補になる施設は見つけても、やはり身元保証人の問題で止まります。どうしても血縁でないと対応できない壁に阻まれ、執行官ですら「こりゃ、解決は難しいかもな」と言い、私たちも出口が見えない迷路に入り込んだようでした。

 

 

次回(5/7)に続く

 

<同連載>

【第1回】家賃滞納「70万円超」…窃盗を重ねる「独居老人」の行く末

 

【第2回】「もう部屋には入れないよ」73歳・独居老人に強制執行の末…

 

【第3回】消えた家賃滞納者…建物取り壊しが決定、独居老人の終着点は

 

【第4回】20万円超の「家賃滞納」で強制執行、父が急死して息子は…

 

【第5回】鬱か認知症か…80万円の家賃滞納で強制執行、急転直下の結末

 

 

太田垣 章子

章(あや)司法書士事務所代表/司法書士

 

 

老後に住める家がない!

老後に住める家がない!

太田垣 章子

ポプラ社

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