「私たちに死ねとおっしゃるんですか?」
加山さんはご夫婦と次男(36歳)の3人でこの家に住んでいます。長男(42歳)は別の場所で、一人暮らしをしていました。
働き盛りの息子との同居なら、夫婦の年金とともに月7万円の家賃が厳しいとは思えません。おかしいなと思っていたら、この次男は精神疾患で働いてはおらず、高齢の親が子どもを未だに養うまさに「8050問題」でした。
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しかも長男も精神疾患で生活保護を受給しながら一人で生活していました。これでは問題の出口の光が見えそうにありません。賃借人の年齢や家族構成等も考え、まずは明け渡しの判決をもらってから役所と掛け合い、生活保護も含め次の転居先を探していこうと方向性を決めました。
手続きが始まった直後、幸代さんからすぐに連絡がありました。
「一生懸命に生きているんです。明け渡せということは、私たちに死ねとおっしゃるんですか?」
息継ぎの間も感じさせないほどの勢いで、幸代さんは電話口で声を荒らげながら主張を続けます。
もちろん「死ね」なんて一言も言っていません。ただ出口の見えない高齢者の人たちには、そう聞こえてしまうのかもしれません。だからと言って、家主が無料で部屋を提供する義務もないのです。
「これを機会に、もっと安い物件に移転して、生活を立て直しましょう」
そう伝えても、幸代さんの耳には届きません。
「私たちは、絶対に出て行きませんから」
そう一方的に言い捨てて、電話は大きな音を立てて切れました。幸代さん宅に裁判所から訴状が届くと、また電話がありました。まだ勢いは止まっていません。
「主人は病気なんですよ。出て行けるはずはないじゃないですか」
聡さんに万が一のことがあれば、手取りの年金は激減します。年齢的にも今回の手続きを機に、将来に目を向ける必要があるのです。
「一緒に役所に行きましょう。そして転居先を見つけましょう」
懸命に説得をしても、幸代さんは怒鳴り散らすだけです。これでは家主さんの気持ちが萎えてしまうことも分かります。
幸代さんは、定期的に電話をしてきては、一方的に「退去できない」と言い、電話を切ってしまうということを繰り返しました。そうして裁判の日が10日後に迫った頃、初めて弱気な幸代さんからの連絡を受けたのです。
「主人が亡くなりました」