アマゾンの教え「Disruptive(破壊的)に考えろ」
過去の連載では、アマゾンのビジネスモデル、アマゾンプライムプログラムや楽天市場と比較した場合の強みなどの分析を通し、アマゾンの「絶対思考」はどのようなものなのかを解説してきた。ぜひ、詳しいことは拙書『amazonの絶対思考』(扶桑社)を読んでいただければありがたい。
そして第6回より、アマゾンの行動規範でもあり企業文化の骨幹でもある「14のリーダーシップ・プリンシプル」の概念を紹介している。今回は、後編として8~14項目のそれぞれについて、私自身が経験した事例などを交えて解説していきたい(前編:『外資系Amazon、意外にも「それは私の仕事じゃない」は禁句』)。
読者の方々の会社でも、色々な行動指針、規範があると思うが、それを社員、メンバーに伝え、コーポレートカルチャーのレベルまで持っていくには、継続した地道な教育が必要だ。その際には、社内での実例をベースに伝えるのが最適だと考える。
8 Think Big――大きな視野で物事を考えろ
この言葉は、訳すまでもないだろう。大きな視野で物事を考えろということだ。たとえば、何か新しいサービスを提案する際、チーム内ではさまざまな議論が交わされる。日々の改善も重要ではあるが、高く大きな視野から見たときに、ある顧客セグメントを対象にしたサービスの提案に対して、「なぜ、このセグメントの顧客だけなのか」「他のセグメントの顧客に拡大した場合のデメリットはあるのか」「デメリットがないのであれば、この顧客層まで拡大しよう」「だとすれば、さらにこんなサービスも考えられる」などなど……。
チームメンバーが「基準」を引き上げて、枠に固執しない発想でブレーンストーミングでわいわいと議論する中から、今まで誰も思いつかなかったサービスが誕生することもある。
読者の皆さんの会社でも行われているとは思うが、ブレーンストーミングは、脳を活性化させ新しいアイデアを出し、基本原則は自由で、批判はしない。質よりは量、連想しながらアイデアを重ねていく。新しいアイデアを募るには非常に有効な方法である。
固定観念に縛られず「Disruptive(破壊的)に考えろ」というのも、アマゾン社内でことあるごとに繰り返されている教えだ。イノベーションには破壊的思考が必要であり、有意義なイノベーションを生み出すために「Think Big」が不可欠なのだ。ただし、「Invent & Simplify」と同様に、急に「Thing Big」で考えろといっても、そう簡単なことではない。常日頃から習慣づけるメカニズムが必要だ。
詳細は書籍『amazonの絶対思考』の第6章で述べているが、たとえば、毎年の予算作成時期に行われるLong Range Plan(中長期計画)もしくは3-year plan(3カ年プラン)では、予算テンプレートにその破壊的アイデアを記載する項目がある。そのテンプレートがあるために、各チームは必然的、強制的に「Disruptive」なアイデアを考えなければならない。
また、年に一回のイノベーションサミットと呼ばれるワークショップは参加者全員がいくつもの破壊的なプランを持ち寄り、それを参加者で絞り込んでいき、選ばれたプランは実現へ向けてプロジェクト化する仕組みもある。
こうしたメカニズムにより、社員は「Innovative」で「Thing Big」な思考を持ち続けることが習慣づけられるのである。
9 Bias for Action――ビジネスにはスピードが重要
日本では「偏見」や「先入観」という意味で「バイアス」という言葉が浸透しているために理解しづらいが、「Bias」には「方向性」や「志向」といった意味もある。つまり、この項目は行動あるのみという「行動志向」を指し示しており、「Speed matters in business」、ビジネスではスピードが重要であると説明文で明言されている。
実際にアマゾンでの仕事、そして決断では何よりもスピードが最重要視されている。
たとえば新しいプロジェクトの実現の可能性を検証する際、70%程度確信できているのに、ただ「まだ30%検証できていない」ことを理由にスタートを躊躇(ちゅうちょ)することは叱責の対象となる。30%の未検証エリアに潜むリスクを予測した上で、何よりもスピーディに実際のプロジェクトを立ち上げることが求められるのだ。
経験に基づいてリスクを検証し、たとえ失敗したとしても、その原因究明や次のステップに移行するための方策を示す、もしくは元に戻れるように2ウェイ、すなわち一方通行ではなく、戻り方も考えておけば、トライ&エラーは許容される。
しかし、リスクを恐れて仕事を止めてしまうのが、アマゾンでは最もやってはならないことなのである。
「Insist on the highest standard」、「Dive Deep」を追求しながらも、「Bias for Action」スピードを求めるのは相反するように感じられるが、ORではなく、AND両方を突き詰めなければならないのがアマゾンの常識なのだ。
10 Frugality――「経費節減」ではない倹約の精神
これはもうワンワード。「倹約」である。顧客の利便性のためのイノベーションへの投資は惜しまないアマゾンだが、倹約の精神は全社員に徹底されている。
たとえば、小さなことからいえば、日本法人の役員として私もアメリカ出張は多かったが、役員であっても出張の飛行機代はエノコミークラス、それも最安値のディスカウントチケットしか許されない。なぜなら、社員がビジネスクラスで出張することは「1 Customer Obsession――顧客中心の判断基準は妥協するな」には関係ないからだ(前編:『外資系Amazon、意外にも「それは私の仕事じゃない」は禁句』)。
アマゾンでは新しいプロジェクトをスタートする際、もしくはミーティングで議論する際には、まずは「Two Pizza Team」で取り組むという緩やかなルールがある。つまり、2枚のピザを分け合える程度の少人数でとにかくスピーディにスタートを切り、その可能性を検証するということだ。とはいえ、アメリカでデリバリーされるピザのサイズは直径が50cmはあるような大きさなので、小食な日本人であればより多くの人数で取り組める、などという冗談は通用しない。
新しいプロジェクトにより大きな予算を付けるための折衝に時間を費やすよりも、小さな予算、チームでチャレンジする慣習もまた、アマゾン流の倹約なのである。
追加ヘッドカウント(新たに採用できる人数)の承認の是非についても同様だ。アマゾンでは予算作成時に一般的な経費についてはあまり精査しない。一方、米国本社が厳しく管理しているのが、「ヘッドカウント」と呼ばれる人数だ。
それぞれの部門に現状何人いて、来年の予算では何人追加のヘッドカウントがリクエストされているのか、その内、何人を承認するのかを細かく見ている。一人の追加ヘッドカウントの承認を取るのも非常に大変なのである。
部署を担当する管理職は、現状、無駄な作業はないか、それを削減して人員を転用できないのかなどを考えなければならない。つまり、文房具を削る、昼休みに電気を消すなどのありがちな「経費節減」とはややニュアンスが違う。
新しいプロジェクトにふんだんな予算があれば、自分たち自身が知恵を絞り手を動かすよりも、外部のデベロッパーなどに外注するという方法を選びがちになる。でも、それでは外注先に結果を求めるだけで、プロセスにある課題や別の可能性についてメンバー自身が考えなくて済んでしまうことになる。経験を自らの糧(かて)とするための倹約なのだ。
たとえば、マーケットプレイスでは、新たな販売事業者を獲得することが品揃えを拡大するための重要な施策だ。そのために、営業メンバーが電話をかけたり、訪問したりしている。ただ、オンラインマーケティングと呼ばれるオンライン上(ウェブサイトに出品者候補を誘導)でアプローチして、アマゾンでの販売の魅力をオンラインで説明し、出品者候補自らが出品登録をしてもらう方法もある。
私は少ない人数で多くの候補者にアプローチが可能なオンラインマーケティングをさらに改善させるほうが、営業の人数を増やすよりも「Frugality」の観点から、また効率性の観点からも有効だと考え、投資配分の比重を厚めにする決断をしたことがある。倹約して自らの手と頭を動かすことで、新しい発見、イノベーションを生み出すことを求められているのである。
社内での頻出ワード「ちゃんとDive Deepした?」
11 Earn Trust――真摯(しんし)で毅然とした賢明なリーダーの規範
「信頼を得る」。誰もがそう思っていても、実践するのは難しい。説明文では、信頼を勝ち得るための方法として、人に敬意をもって接し、注意深く言葉に耳を傾けることが示されている。
「間違いは素直に認める」ことも指摘されている。リーダーに限らず、自分のミスを認めるのは難しいことだ。恥ずかしさや意固地(いこじ)さが先に立ち、ときには間違いと気が付きながらも止まったり引き返さず、傷を大きくしてしまうこともありがちである。
逆に「いい人と思われたい」という態度に終始するのも正しくない。好かれたい、嫌われたくないという思いに囚(とら)われると、人の意見に問題点があっても指摘できず、馴れ合い関係に陥ってしまうことになる。ここに示されているのは、真摯で毅然とした賢明なリーダーの規範といえる。
日本の場合は飲み会の文化がありコミュニケーションの場としても重要だ。でも、私は役職が上がるにつれそのような場には限られたイベントにしか参加しなかった。部下や関係者との間に馴れ合いが生じることを防止したのだ。
もともと体育会系の私は、飲み会は大好きなのだが、それによる馴れ合いはなるべく避け、リーダーとして立ち上げのチームではRoll up sleeve、袖まくりをしながら現場に近いところでメンバーをリードした。一方、数百名のチームを率いる時は全体を見渡すように、そしてDirection(方向性)をクリアに示せるよう、Cascade(カスケード=階段状に次々と流れ落ちる滝)によるコミュニケーション方法に変えて、「Earn Trust」の方法を変えていった。
12 Dive Deep――「これ、ちゃんと深掘りした?」
メンバーから新しい提案を受け取った際に「これ、ちゃんとDive Deepした?」と私が使っていたように、アマゾン社内では日常業務の中でもかなり頻繁に使われる言葉になっている。日本語では「深掘り」というニュアンスが合うだろう。
たとえば、アマゾンでは一般的な企業でいうところのKPI(業績評価指標)は「キーメトリクス」と呼ばれ、週次、月次、四半期次という三つの期間ごとに整理されたレポートが部署ごとに提示される。
数字の推移や対予算比、対前月比、対前年比などのメトリクスを示したものなのでプリントアウトすれば用紙数十枚になるような膨大な数字の羅列である。各部署の担当者は、その数字の海から不整や、おかしいなと矛盾(むじゅん)があるものを見つけ、Dive Deepして、問題の根本的原因を見い出し改善案を練ることが求められる。さらに、その着眼点や改善点は1BPS(Basis Points)(0.01%)レベルの細かなものである。
「9 Bias for Action――ビジネスにはスピードが重要」の項目で未検証のリスクを恐れてスピードダウンすることが大きなペナルティになると紹介したが、常日頃から膨大なデータにDive Deepする習慣、経験があってこそ、データからファクト(事実)を読み取るスキルが得られ、的確にオポチュニティーやリスクを予測し、正しく迅速な決断が可能になることは見逃せない。
当然といえば当然のことではあるが、「リーダーシップ・プリンシプル」の14項目はどれか一つ、あるいはいくつかを実行すれば良いのでなく、全てを徹底的に実践することが大切なのだ。
私は前職の株式会社ミスミでも数字、分析を重要視する中で数字を読み解く目にはそれなりの自信があったが、アマゾンに入社したての頃は、そのメトリクスの多さに苦労した。
現在ではビジネスが多様化し、さらに、複数のチームを管掌するジェネラルマネージメントともなると毎週レビューするメトリクスは数百にも及ぶ。数字的なセンスとは、縦横のマトリクス(行列)の数字の中から不整なものを発見したり、割合(%)の計算が速かったり、暗算が速かったりという基礎能力的なものだけではない。
やはりビジネスストラクチャーを深く理解し、それに合わせて、それぞれのメトリクスの相関関係、因果関係を細部まで理解することが「深読み」のためには不可欠で、私自身そのように努めてきた。
13 Have Backbone;Disagree and Commit――敬意をもって異議を唱え、結果にはコミット
説明文の日本語訳を確認すると「賛成できない場合には、敬意をもって異議を唱えなければなりません。たとえそうすることが面倒で労力を要することであっても例外ではありません」と、社内で異義を唱えることの重要さを説いた言葉であることがわかる。
上司や役員の意見であっても、自らの経験やスキルに照らして異義があるなら、遠慮して言葉を飲み込むことは決してあってはならない。そして異議を唱える際には敬意とともに「Backbone」、つまり経験則的に明確な根拠を持つことを求めている。
アマゾンジャパンの各部門のトップであった時には、私は日常的に1日に10~15本程度のミーティングをこなしていた。
予算の承認であったり、新プロジェクトのコンセプトメイクであったり、一つのミーティングは30分から長くても1時間程度。私自身は商社の海外現地法人社長を務めた幅広い知識と経験などが個性的なバックボーンであり、販売、マーケティング、営業、製造、開発、物流、財務、人事、法務、カスタマーサービスなどの豊富な知識と経験があることを自負していた。
しかし、ときにはソフトウェア&システムエンジニアが関与する専門的な内容の会議でも、トップとしての見解や、承認するかどうかを判断していかなければいけない。かなり思考の瞬発力を求められる仕事だが、妥協して「Disagree」を飲み込むことはあってはならないと肝に銘じていた。
当然、わからないことがあれば、理解するまで質問をして的確な決断をしなければならない。もちろん、ミーティングに参加する社員同士もDisagreeな点があれば遠慮なく議論を交わすことによって、案件の完成度が高まっていく。それがアマゾンのカルチャーなのだ。
そして、たとえ自分の異議が最終的には認められなかったとしても、会議の結果、会社の判断として決定されたことには全力で「Commit」することが求められる。
アマゾン社内で最も嫌われるのが「馴れ合い」や「妥協」である。「Have Backbone;Disagree and Commit」という言葉には、お互いに敬意をもって徹底的に議論を尽くし、決まったことには全面的にコミットするという明確な意志が込められている。
この「馴れ合い」であるが、会社が大きくなる過程で創業者のジェフ・ベゾスが「Social Cohesion(ソーシャルコヒジョン)」、すなわち「馴れ合い」、「大企業病」にならないように、「All Hands」と呼ばれる全社員のミーティングやメッセージで警告を送っていた時期もあった。
14 Deliver Results――アマゾニアンは結果を出せ
このリーダーシップ・プリンシプルの締めくくりとして、アマゾニアンとして最後は「結果を出す」というシンプルな言葉で示している。
求められる結果とは「Customer Obsession」に貢献することであり、14項目が列挙されたうち「Customer Obsession」と「Deliver Results」の二つを除く12項目は、結果を出すための近道、行動規範であるともいえる。
説明文の「ビジネス上の重要な『Input(インプット)』にフォーカス」というのは、単純な売上や利益だけが結果ではなく、プライム会員登録が10万人増加した、サイトへの訪問者数が100万人増加した、直販の商品数を2万点増やしたなど、ビジネスのスケーラビリティ、成長に寄与しているかどうかに着目しろということだ。
売上額など、通常の企業で「結果」とされる数字は、アマゾンでは「Output(アウトプット)」に位置づけられている。もちろん、アウトプットの目標設定や目標をクリアすることも大切ではあるが、アマゾンで仕事の「結果」として評価されるのは、ビジネス基盤の成長に必要な「インプット」にいかに貢献するかなのである。この「インプット」を達成すれば、自ずと「アウトプット」もついてくる。
日本国内でも流通総額や売上額が急成長している点が注目されがちではあるが、アマゾンジャパンのアウトプット的な業績はこうしたインプットを各部署の社員たちが積み上げた結果に過ぎない。
本当に大切なのは、そのアウトプットを支えているインプットの増大であり、この姿勢こそが、Eコマースをはじめデジタルコンテンツサービスでアマゾンが圧倒的な地位を確立してくることができた最大の理由となっている。
星 健一