アマゾンの「新卒採用」は日本独自の試み
過去の連載では、アマゾンのビジネスモデル、アマゾンプライムプログラムや楽天市場と比較した場合の強みなどの分析を通し、アマゾンの「絶対思考」はどのようなものなのかを解説してきた。ぜひ、詳しいことは拙書『amazonの絶対思考』(扶桑社)を読んでいただければありがたい。
そして前回までは、アマゾンの行動規範でもあり企業文化の骨幹でもある「14のリーダーシップ・プリンシプル」の概念を紹介した(関連記事:『外資系Amazon、意外にも「それは私の仕事じゃない」は禁句』、『アマゾンで「最もやってはならないこと」は何?元本部長が語る』)。この「リーダーシップ・プリンシプル」は、アマゾンの人材育成における大原則であり、採用の基準にも大きく関わっている。
◆アマゾン流「採用」の法則
アマゾンは日本進出以来、いわゆる中途採用を中心に人材を集めてきた。新卒採用を初めて行ったのは2012年からで、まだ10年と経っていない。その募集枠も数十名ほどと多くはない。
アメリカをはじめとする世界各国のアマゾンではMBA卒のみの採用で学士の新卒採用は行っていない。これも日本に定着して日本流の方法で優秀な人材を集めるための日本独自の試みである。私がアマゾンジャパンに入社した2008年当時の従業員数は数百人ほどだった。それがわずか10年でおよそ7000人※まで増えている。
※ 2018年5月22日 日本経済新聞-アマゾン、国内で1000人新規採用 オフィスも拡張 事業拡大に対応
その間、大量の人材を採用してきたわけだが、実はアマゾンでは採用時の選考には慎重にじっくりと時間をかける。また、応募者に対する採用率は数%程度と、とても狭き門になっている。
採用に時間をかけて厳しい選考を課すことには、ビジネスを動かすのは人であり、人間の資質やスキル、経験値が企業にとっては最も重要というジェフ・ベゾスの理念が反映されている。amazon.com創業直後の1997年に株主に宛てられたレターは、現在でも毎年送られる新たな株主宛レターに添付されているものであるが、そこにはこう記されている。
優秀な社員の採用に継続して注力し、現金による給与よりもストックオプションに比重を置く。成功はオーナーシップを持つやる気のある社員をどのように繋ぎ止められるかにかかっている。
アマゾンの採用は、日本企業の方法とは異なる
アマゾンにおける採用手順を説明しておこう。
採用する人数は、部署ごとに予算審議を経て割り当てられる。採用人数はヘッドカウントと呼ばれ厳しく管理されており、割り当て以上の採用をすることは余程の理由がない限り許されないので、その採用の重要度はさらに増す。
その採用ポジションの上司は、採用責任者である「ハイアリング・マネージャー」となり、自分で直属の部下となる人材を採用していくことになる。
比較として、私が2005年まで勤務したJUKI株式会社という日本のメーカーの例を挙げる。
私は当時、海外法人にいたので、組織構築の過程で社員を自分で採用したことはあったが、日本の本社では、一般的な日本企業と同様に、人事部が新卒を大量に採用して各部署に当てはめていく仕組みが主流だった。配属された新人達は多少その人の強みや経験などを考慮して、製造、開発、営業、海外事業、人事、財務、法務などに配属されるが、長い期間をかけて配属された部門で専門知識を培い、戦力となっていく。そして、これを毎年、繰り返す。
この方法は長期的に会社が同じスピードで成長していく、もしくは定年退職者が出ていく会社での人材採用戦略として適している。一方、その時々のビジネスチャンスに合わせて、組織拡張、強化をしていく成長企業であれば、この方法では必要なスペックの人材を必要な時に採用できず、適材不足となる。実際の仕事内容を熟知している直属上司が、経験値やスキルを吟味して人材を選考する合理性は、アマゾンでの経験を通じて実感した。
採用人数の承認を得たハイアリング・マネージャーは、まず自分が求める人材についての条件をまとめた「ジョブ・ディスクリプション(募集要項)」を人事部に提出。人事部から人材エージェント、アマゾン採用サイト、LinkedInなどに募集情報が発信される。応募が集まり、書類選考、一次面接などその後のスクリーニング(選別)過程は全て人事部ではなくハイアリング・マネージャーが進めていくことになる。
最終(2次)面接の面接官の人数設定は採用するポジションの職級マイナス1というルールがある。職級が上がるほど面接官の数が増えるのは、それだけ多角的に応募者のチェックをするからである。
たとえば、レベル7のシニアマネージャーが、ハイアリング・マネージャーとして直属のレベル6であるマネージャークラスの人材を採用したいとすると、「6(レベルの数)―1」、自信を含めた合計5名で面接にあたる。残り4名の面接官を決めるのもハイアリング・マネージャーの責務である。
10年間で1000人の面接をし、採用したのは50人
面接官は誰でもいいというわけではない。最終面接には必ず「Barraiser(バーレイザー)」という社内資格をもつスペシャリストを含めなければならない。
私もバーレイザーを務めていたが、バーレイザーには名前の通り、アマゾンが採用の「バー(基準)」を常に「レイズ(上げる)」し、クオリティを維持するための管理者といった役割がある。
バーレイザーは過去の面接の回数や経験、面接後の記述式フィードバック内容の質、業務経験などを考慮して社内のバーレイザー委員会で候補者として選出、その後、何度も実地トレーニングを受けて認定されるポジションで、現在ではアマゾンジャパン社内で数十人ほどが任命されている。
さらに、ハイアリング・マネージャーは自分に関わる部署ではなく、全く違う部署に所属するバーレイザーに面接を依頼しなければならない規約がある。あくまでも客観的な判断を得るためだ。
実際の面接では、ハイアリング・マネージャーがバーレイザーを含めた数名の面接官それぞれに、第6回ー8回の連載記事で説明したリーダーシップ・プリンシプルの14項目及びその他必要なスキルセットがあればそれらを担当する項目に振り分けて依頼する。
募集する職務によって「今回の仕事では『Dive Deep(深堀り)』がとても大切なので、あなたとあなた、2名が重複してチェックをお願いします」といったこともある。つまりリーダーシップ・プリンシプルは、アマゾンの採用基準そのものでもあるということだ。
そして全ての面接が終了すると、面接官が全員集まってバーレイザー主導のもと協議して採用する人材を決定する。仮に採用ミス(入社してもパフォーマンスを出せない場合)があると、バーレイザーの責任にもなるし、ハイアリング・マネージャーもチーム内の目の前の業務をこなすために安易に妥協して採用することをこのプロセスで防いでいる。
バーレイザーはそれぞれの仕事を抱えており、採用に専従しているわけではない。アマゾン社内の採用システムで過去に何人面接をしたのかがわかるのだが、私自身、退職する際に確認すると、10年間の在籍中に1000人ほどの面接を行い、その中で採用したのは50人ほどだけだった。
週に5人以上の面接を行ったこともあるが、バーレイザーには特別な手当てや報酬はない。通常の業務に加えてバーレイザーの責務を果たすには、強い「Ownership」(言い逃れをせず、部署や職能を越えて責務を全うすること)が必要である。
しかし、HR・人事部だけではなくアマゾンでパフォーマンスを出すためのバーに精通した「現場」の人間が面接を担当し、リーダーシップ・プリンシプルに基づいて妥協をしない高い「基準」を貫く選考をバーレイザーがリードするからこそ、採用のクオリティが維持されている。
データや数字を重要視するアマゾンの人材採用が、よくあるチェックシートなどの点数制ではなく面接官の属人的評価であるところも面白い。しかし、それも「リーダーシップ・プリンシプル」という採用基準が明確であるからこそ可能なことだ。もちろん、時には採用ミスを悔いることもあるのだが……。
前職で海外法人を拡大していた際の採用には自分なりにこだわっていたつもりだったが、採用基準が感覚的で曖昧であったために人材のクオリティーが安定しておらず、結果、労使双方が不幸になった経験がある。やはり、採用基準を明確にし妥協しないことは重要だ。
ある人材エージェントから、こんな話を聞いたことがある。「アマゾンジャパンは常に何十人、何百人と求人しているのでとても大きなクライアントだ。でも、あまりにも採用率が低くて面倒なんだ」と。
なぜなら、面接官の質問にも「Dive Deep」が徹底されている。たとえば「Think Big」を確認するために、今までに手がけた経験があるプロジェクトについての質問に対して「こんなに壮大なプロジェクトを担当しました」といった答えが返ってくる。面接でやや「話を盛る」のはよくあることだ。
でも、アマゾンの面接官たちは回答に対して「Why?」を繰り返し深掘りしていく。デコレーションを剥(は)ぎ取った本質を見極めるのが、面接官の責務でもあるからだ。結果としてアマゾンの採用基準はとても厳しいものになっている。
星 健一