アマゾン「リーダーシップ・プリンシプル」の内容は
過去の連載では、アマゾンのビジネスモデル、アマゾンプライムプログラムや楽天市場と比較した場合の強みなどの分析を通し、アマゾンの「絶対思考」はどのようなものなのかを解説してきた。ぜひ、詳しいことは拙書『amazonの絶対思考』(扶桑社)を読んでいただければありがたい。
そして前回は、『絶対王者アマゾン、努力や根性に頼らず重視した「14の基準」』と題し、アマゾンの行動規範でもあり企業文化の骨幹でもある「リーダーシップ・プリンシプル」の概念を紹介した。本記事より前後2回に分け、それぞれの項目について、私自身が経験した事例などを交えて解説していく。読者の方々の会社でも、色々な行動指針、規範があると思うが、それを社員、メンバーに伝え、コーポレートカルチャーのレベルまで持っていくには、継続した地道な教育が必要だ。その際には、社内での実例をベースに伝えるのが最適だと考える。
1 Customer Obsession――顧客中心の判断基準は妥協するな
「Customer」は「顧客」、「Obsession」は「こだわり」や「熱中する」という意味で、アマゾンの顧客中心主義を示している。リーダーシップ・プリンシプルの14項目には特に番号は振られていない(本連載では読みやすいように振った)が、一番最初がこの「Customer Obsession」で、最後が「Deliver Results」つまり「結果を出す」であると決められている。顧客目線で発想して、結果を出すことが重要ということだ。そして、アマゾンが求める「結果」とは、たんなる売上や利益の拡大だけではなく、スケーラビリティの獲得、つまり「成長」と定義されている点が大切だ。
つまり「Customer Obsession」そのものが、アマゾンが追求している「Results」でもある。顧客中心主義そのものはさまざまな企業でも同様の理念を掲げていることも多いだろう。ところが、目先の利益が出ないといった理由で少なからず妥協してしまうことが多いのではないだろうか。私の経験でも「大切なのは顧客」という明確な判断基準によって、迷走しそうになった議論が軌道修正されたことがしばしばあった。
アマゾンが掲げる「Customer Obsession」とはどういうことか。具体的な事例を挙げてみよう。
代表的なものは顧客による商品レビューだ。その商品に対する使用後の感想を、いいことだけではなく、メーカー、サプライヤーが嫌がる低い評価内容も記載している。顧客が客観的に判断できる材料を隠すことなく提供している。余談だが、そのレビューも今や、やらせレビューなどの温床ともなっており、アマゾンの取締り施策と販売事業者とのいたちごっこになっており、信頼性の低いレビューが多数紛れ込んでいるのは悲しいことである。
また、ある年のクリスマスシーズンに在庫管理のミスからか、顧客のクリスマスプレゼント需要を受注したが、在庫の割当が出来なくなった。当時の倉庫のスタッフが実店舗を探し回って同じ商品を見つけ、顧客まで自分で届けたこともあった。
さらには、私が家電を担当する事業部も含んだ、ハードライン事業本部の統括事業本部長だった時代に、家電商品が生産中止やモデルチェンジによって廃番になってしまうことがあった。まだ在庫管理の自動化が発展途上だった頃、ある家電廃番商品に在庫を超える数の注文を受けてしまったのだ。
普通のストアであれば、注文のタイミングが遅かった顧客に連絡をして「在庫切れです」と断ればいいという判断になるだろう。でも、アマゾンでは違う。その時はバイヤーや発注担当者に指示をして家電量販店や現金問屋などを片っ端から当たり商品を調達し、コストを度外視してでも注文してくれた顧客に商品を届けることを選択した。
これらの例はもちろん、アマゾン側のミスをカバーするものであり、美談ではない。ただし、背景には、「Customer Obsession」という行動規範があったからこそ、上司などの指示を受けなくてもメンバーが行動することができたのだ。
次のケースも、もともとはミスに対する対応だ。定価が1000円ほどの商品をプロモーションで900円で販売しようとする際に、担当者が誤って販売価格を「90円」と入力してしまったことがある。当然、またたく間に多くの注文が入った。気付いた担当者があわてて価格を修正したものの、多くの顧客が90円でオーダーできてしまったのだ。
こうしたケースでも、通常の日本企業であれば事情を説明して注文を仕切り直すだろう。でも、この時のアマゾンは90円で購入した顧客に事情を説明した上で、そのまま商品を出荷した。もちろん、損失金額にもよりケースバイケースでの判断ではあるが、アマゾンにおいては顧客の信頼に応えることが何よりも優先されることを示す事例といえる。
もちろん、アマゾン社内での日々の仕事の中では利益や売上も重要なテーマではある。でも、最終的な判断基準が「Customer Obsession」であることは、アマゾニアンにとって世界共通の常識となっており、幾度となくこれに立ち返り、自分たちが間違った判断をしないよう軌道修正をした経験がある。
常に顧客の目線で行動するのは簡単ではない。企業は利益を出さなければ存続できない。そのような中、トップ、経営層が率先して「Customer Obsession」を貫き通すことによって他メンバーが迷いなく行動できることになる。このような経営層の気骨も重要だと考える。
2 Ownership――「それは私の仕事ではありません」は禁句
アマゾンでは「社員全員がリーダーである」という考えが徹底されている。そう、リーダーシップ・プリンシプルのリーダーはマネージャー、管理職のことを言っているのではない。そのためには全社員に「Ownership」が不可欠であり「それは私の仕事ではありません」といった視野の狭い言い逃れは禁句となっている。外資系企業のイメージは、個々の仕事の領域が決まっており、それに対し責務を全うし、パフォーマンスを出せばいいというイメージを持っている方も多いかもしれない。しかし、実際は少なくともアマゾンはそのようなことはない。
アマゾン社内では「Cross Functional(クロスファンクショナル)」という部門間を越えてという意味の言葉が、ことあるごとに飛び交っている。当然、社内の部署は機能ごとに分かれているし、マネージャー、バイスプレジデントといった職務レベルは存在している。
私がチームメンバーにクロスファンクショナルな仕事を与えるのと同様に、私自身も自身の責任範囲とは異なるタスクを担うことがたびたびあった。たとえば、他部門の採用をリードをする役割を担い、10年間で1000人もの面接を行なった。また、東日本大震災の際には2011年から2014年の4年間で41回、延べ1001人の社員が参加した東北地方でのボランティア活動を率いたこともある。両事例ともに継続性が求められ、強い「Ownership」がなければできないことだ。
新たなイノベーションやプロジェクトを構想する際には、ことに部署や職能を越えた連携や判断が必要になることがある。一人一人の社員に「Ownership」の精神が浸透しているからこそ、アマゾンは常に進化を続けてこられたといえるだろう。
さらに、前述した通り、管理職でなければプロジェクトのリーダーになれないといったことはなく、他部署を巻き込み、肩書きを越えて議論し、仕事を進めていきやすい風通しのよさが社内のカルチャーとして根付いている。
3 Invent and Simplify――常に創造性とシンプルさを求める
直訳すると「創造と簡素化」という意味になる。説明文にあるように「イノベーション(革新)とインベンション(創造)を求め、常にシンプルな方法を模索」することがアマゾニアンには求められているのである。
シンプルで合理的な仕組みであることは、アマゾンの強みとして書籍内でも紹介してきた。アマゾンが提供するサービスなどに常に「Simplify」が要求されるのには主に三つの理由がある。
一つは、シンプルでないと「顧客にわかりづらい」こと。シングルディテールページの徹底などは、まさにこの概念を具現化した施策といえる。二つ目は、複雑な仕組みであればあるほど「継続性が生まれない」こと。三つ目の理由が、複雑になると何かミスが起きたときに「リカバリーしにくい」ばかりでなく「ミスを見つけづらい」からである。
もちろん「Invent」である以上、何か新しいことを始めるのは常にチャレンジであり、なかには社会に誤解され、非難に晒(さら)されることもある。よくある「低価格戦略は競合潰し」といったアマゾンへの批判も、そうした誤解の一つといえるだろう。
その上で「長期間にわたり外部に誤解されうることも受け入れます」と言い切っているところも、アマゾンがアマゾンたる所以(ゆえん)である。ただし、これは「誤解されても気にしない」という意味ではない。誤解や批判は受け止めた上で、間違いがあれば改善する。それには抵抗がない組織である。しかし、「Customer Obsession」と「Deliver Results」の観点から正しいことであるなら信念をもって継続するという決意である。
もちろん「Invent and Simplify」を、さあ、今日から実行しなさいと言われても、はいそうですかとできることではない。重要なのは「Invent and Simplify」を社内のカルチャーとして根付かせることであり、アマゾンでは「Invent and Simplify」だけをテーマとしたクロスファンクショナルのワークショップ、研修、イベントなどをしばしば開催している。また、半年に一度、イノベーティブな業績を残した社員を「Door Desk」賞として表彰する制度もある。
結果、この文化からAlexa(AIスピーカー)、Kindle(電子書籍リーダー)、Fire TVスティック(テレビのインターネット接続デバイス) 、AWS(クワウドサービス)、Amazon GO(レジ無しコンビニ)などが次々と生まれた。
「減点主義」の日本組織とは異なった価値観を持つ
4 Are Right, A Lot――多くのことに正しい判断を下す
多くのことに、正しい判断を下すという意味の言葉である。リーダーとして、当然求められる資質といえる。ただし、アマゾンの場合はこの言葉をリーダーとして全社員に求めている点が特徴的だ。
説明文で指摘されている通り、データを重要視するアマゾンでも正しい判断を下すためには「経験に裏打ちされた直感」が必要であり、多様な考え方を受け入れた上で「自らの考えを反証すること」も大切である。
「Are Right, A Lot」の反語は「Are Wrong, A Lot」(多くの場合間違っている)とも言えるが、その恐れからか、減点主義が根強い日本の組織では「No judge, A Lot」(多くの場合決断しない)に陥っていないだろうか。無責任な事なかれ主義はアマゾンでは通用しない。
たとえば、電話やメール、チャットなどで顧客からの問い合わせを受け付けるカスタマーサービスで働く数百人のスタッフに対して、ただマニュアルに従った対応を指示するのではなく、各自の判断で無償での交換やお詫びとしてギフトカードを送るといった判断を任せているのは、まさに「Are Right, A Lot」の実践である。
5 Learn and Be Curious――常に学び、好奇心をもつこと
「Curious」は好奇心。常に学び、好奇心をもって物事に取り組むべきという自己向上への姿勢を示した言葉だ。
実は、好奇心の強さは各自がもつ知識や自信に影響される。基本的な知識がなければ目の前で起こっている出来事や誰かが発言している内容の中の、好奇心を抱くべき点に気付くことさえできない。何か疑問や好奇心を抱いたとしても、自信がなければ質問や確認の行動を起こせない。
ごく原則的なことで言えば、アマゾンで働く以上英語を学ぶのは当然のこと。入社できたからといって英語学習を怠(おこた)るのではなく、日々英語力を向上させる「学び」が必須であることは言うまでもない。
サイトの構造やページの内容、倉庫システムや物流・配送の手順、オリジナル商品の開発、デジタルコンテンツサービスなど、アマゾンが提供するさまざまなサービスや業務の内容についても、日々学びを重ねて十分な知識がないと、改善への気付きも得られない。
たとえば、不在による再配達を減らしたいという目標があるとして、何をどう改善すればいいのか。策を考えるためにはデリバリーの仕組みや現場の実情を知ることがまず必要であるということだ。
そもそも、再配達が多いという事実を知らなければ、そこに問題があることにさえ気付けない。また、会社が教育してくれないとか、誰も教えてくれないとかいう言い訳よりも、自分から動いて調査をする、知りたい情報があったら自分で取りに行く姿勢が重要である。もちろん、競合他社のサービスを興味を持って知ることも必要だ。再配達削減のために、とことん問題を理解し、勉強している結果、コンビニ受け取り、時間指定、Amazonロッカー、現在各都市でテストを繰り返している置き配など、現在でもサービスオプション拡大の努力が続けられている。
アマゾンでは社内の情報ポータルサイトにウィキペディアのような情報集積ページがあり、ある程度の情報はそこから入手できる。一方、サービス、仕組みは日進月歩で進化しているためマニュアルがない。それがベストな環境であるとは思わないが、社員個々の「Learn and be curious」を支える仕組みは用意されている。
私がマーケットプレイスの統括をしていた際に、システムエンジニアを抱えたチームが傘下にあった。ジェネラルマネージャーとして概要だけを把握するのではなく、エンジニアがどのようなプロセスで開発をしているのか、作業が遅れる原因は何なのかなど、幅広く情報を収集して詳細を理解するようにしていた。それによって、プライオリティー(優先順位)を指示する際の判断が的確にできた経験がある。
また、私は2008年にホーム&キッチン事業部の事業部長として入社したのだが、重要なロール(役割)であるバイヤーの業務を理解するために、本来の事業運営をしながらも3カ月は季節家電のカテゴリーを掛け持ちして、実際にメーカーとの商談、商品のプロモーション立案と遂行、社内ツールの習得を行った。結果、その後のアマゾンのキャリアの中で、現場の仕事を経験したことが、チームメンバーの業務内容を細かく理解するために非常に役立った。
6 Hire and Develop The Best――最高の採用と人材開発を求む
リーダーに対して「最高の採用と人材開発」を求める項目だ。マネージャーなどの管理職になると、優秀(基準は書籍の第2章で解説している)な人材を何名採用したか、部下を何名昇進させたかという結果が評価基準の一つとされる。
私自身、自分が担当するチームやプロジェクトに人材が必要で採用する際には、私の直属のポジションであれば、面接した候補者の中から「私より優秀な人材」を「基準」に採用するようにしていた。また、たとえば、直属の部下が非常に優秀で継続して高いパフォーマンスをあげ、昇進させると私と同じ職級になるとしても積極的に昇進を推薦する評価を進言した。
自分と同じ職級の人間を採用したり、優秀な人間を自分と同じ職級に昇進させてしまうと自分の立場が危うくなるといった考え方ではなく、優秀な部下を採用、引き上げて、より大きな仕事を与えることで、自分自身はさらに大きな視野をもった仕事に取り組めると考えるのがアマゾンの流儀なのである。そして、相乗効果として自分のスキルやコンピテンシー(業績向上のための行動様式)も向上する。
私の場合も、マーケットプレイスの統括時代に私と同じ職級であるディレクターを3名採用し要職に配置した。その結果、多くの決済権限を委譲することができ、私は一段高い位置からコンプレキシティー(複雑性)の高い複数の事業の運営に挑戦することができた。最高の人材を採用して育てることが組織はもとより自分自身の向上に繫がり、さらに新しく採用する人材のハードルを上げていくことになる。
人材開発(教育)にもアマゾンは注力している。アマゾンで働くことが自分自身の能力の向上、キャリアップに繫がる実感は優秀な人材を引き留めるモチベーションにもなっている。
従来、アマゾンでは新卒採用よりもすでにキャリアを積んだ人材の採用が中心だったが、数年前から大学、大学院の新卒を採用している。新卒にしろ中途採用にしろ、新しく入社した社員には職級が上で所属部署が異なる「Mentor」(メンター)、同じ部署内の同レベルで相談役となる「Buddy」(バディ)が設置され、円滑な入社後の着地ができるよう支援する仕組みがある。
また、各部署のマネージャーには1週間に1回30分程度の「1 on 1」(ワンオンワン)と呼ばれる部下との定例ミーティングを行うことが義務づけられている。特に決まったフォーマットはないが、年間ターゲット(目標)に対する進捗確認と軌道修正、進行中のプロジェクトの問題点の確認とアドバイス、それぞれのメンバーたちのキャリア開発へのアドバイスなどが内容となる。
ともあれ、リーダーシップ・プリンシプルにわざわざ「Hire and Develop The Best」という項目が掲げられているように、アマゾンの採用、人材開発、人事評価のシステムは特徴的だ。
7 Insist on the Highest Standards――「最高水準」を積み上げろ
「Insist」は要求する、主張するといった強い意味を表す言葉であるが、追求するといった意味がこの場合は適している。求めるのは「Highest Standards」、Higher=高めではなく、Highest=最高水準だ。
自分が手がけるサービスやプロジェクトは、はたして「Customer Obsession」を実現する水準に達しているか。目標設定、結果に妥協は許されない。最高水準の「基準」を達成できないのであればプロジェクトには見切りを付けて中止する、あるいは、継続投資によって達成を目指せるのであれば惜しみなく投資して事業を継続する。アマゾンのイノベーションは、その繰り返しによって積み上げられてきたものだ。
数多くの第三者である販売事業者が関与するマーケットプレイスで、顧客中心主義で利便性の高いサービスが提供できているのも、アマゾンの妥協しない高い理想があってこそ実現できている。
私自身も企業購買をサポートする「Amazon Business」を2017年に立ち上げた時に、サイトにおける顧客の購買のエクスペリエンスを一つ一つ検証し、各プロセスでの説明内容や、エラーメッセージなど一字一句確認し、顧客が最適なエクスペリエンスを得られるように事業のトップとして自ら率先して行なったこともある。
おなじく、「Amazon Business」の統括をしていた時、2017年9月にサービスをローンチ(開始)したが、実は何度か延期したことがある。技術的な問題が理由だった。実際にプログラムを組んでテストをしてみると上手く動かないということはよくある。問題のレベルはいろいろではある。マイナーな問題だったので、ローンチ後に直すことも可能だったが、あえて延期をした。
一度決めた日程を何度も延期するのは社内外からのクレディビリティー(信頼性)が下がる懸念もある。それでも、カスタマーエクスペリエンスが完璧な状態でローンチすることにこだわったのだ。
【後編に続く】
星 健一