アマゾンの社員には「レベル」と呼ばれる職級がある
過去の連載では、アマゾンのビジネスモデル、アマゾンプライムプログラムや楽天市場と比較した場合の強み、アマゾンの企業文化の骨幹であるリーダーシップ・プリンシパルと呼ばれる行動規範などの分析を通し、アマゾンの「絶対思考」はどのようなものなのかを解説してきた。ぜひ、詳しいことは拙書『amazonの絶対思考』(扶桑社)を読んでいただければありがたい。
そして前回は、日本のアマゾン独自の新卒採用や、厳格な採用基準について紹介した(関連記事『1000人面接し、採ったのは50人…アマゾン「社員採用」の基準』)。では、採用後の人材開発は、どのように行われるのか。本記事では、日本企業と比べて特長的ともいえる、人材開発への姿勢、実際の施策について解説する。
◆新人のための30日、60日、90日の「マイルストーン目標」
アマゾンの職級について説明しておくと、倉庫などで出荷作業などに従事する派遣、契約社員などが「レベル1~2」。レベル3以上が正社員で、新卒などで入社してすぐの状態が「レベル4」、「レベル6」のマネージャーから役職が付く。
レベル7以上は単一チームではなく複数の機能を管掌するゼネラルマネージメントクラスとなり、「レベル7」がシニアマネージャーで、日本語の名刺上は事業部長。「レベル8」はディレクターで複数の事業を統括する事業本部長。なぜかレベル9は存在せず、次の段階が「レベル10」のバイスプレジデント。
ジェフ・ベゾスのレポートライン(直属)として日常的に直接やりとりをすることが多いシニアバイスプレジデントは「レベル11」で、米国本社のシニアリーダーシップチームメンバー(経営会議メンバー)はレベル10と11のメンバーで構成される。ジェフ・ベゾスは、「レベル12」に位置づけられている。各国のLeadership teamと呼ばれる経営会議メンバーもしくは役員はレベル8と10の各事業本部の統括者である。
私が入社した2008年頃はまだ、自らの成長は社員任せ。組織的な研修制度は存在していなかった。
現在では「リーダーシップ・プリンシプル研修」をはじめ、一般的な企業でもよくあるコーチング、チームディベロプメント(組織開発)、リーダーシップなど組織、部下育成、プロジェクトのリード方法などの組織マネージメントスキル、英語やプレゼンテーションなどの個人のスキル、などをテーマとしたさまざまな研修の機会が用意されている。
ただし、英語の習熟は会社が設定したものだけでは不十分であり、あくまでも自己責任だ。レベルが上がるとグローバルでの研修や会議の機会が増え、私も年に10回程度はアメリカ本社に出張していた時期がある。英語力が足りないと会議すらまともに参加できない、グローバルなプロジェクトを回せない、要は仕事ができない人ということになる。
残念ながら、どれだけ仕事ができても、それを伝える手段が弱ければ、アマゾンではレベル7のシニアマネージャー以上で入社、もしくは昇格することはほぼあり得ない。
新人には、同じ部署内の相談役である「Buddy」(バディ)や、職級が上で所属部署が異なる「Mentor」(メンター)を選定して、仕事の進め方、ツールの使い方、リーダーシップ・プリンシプルの考え方、社内カルチャーの理解などの指導や日常的な相談を入社後しばらくサポートする仕組みも整っている。
直属上司による「1 on 1」もあり、コミュニケーションの円滑化にも抜かりはない。「1 on 1」では新人に設定される、30日、60日、90日のマイルストーン目標に対し、立ち上がりの習熟度、その成果を直属上司に報告する意味もあり、それがまた新人が業務に馴染(なじ)むためのサポートとなっている。
新人がゴール設定をするときに求められる「SMART」
日本企業ではあまり行われていない慣習として、「ストレッチ」と呼ばれる登用がかなり頻繁にあることが挙げられる。上司や役員が能力を認めると、職級を超えたポジション、仕事を与え、その社員の能力を一気に高めていこうとする施策だ。
企業の成長が急進的なので、マネージャークラス以上の人材の絶対数が足りず、また厳しい採用基準のため採用にも時間がかかるので、ポテンシャルのあるメンバーを育成し昇進させなければならない背景もある。
フレッシュな能力がより大きな仕事に取り組むことで、会社全体の活力が向上している。そこで成果を出せば、昇格させ正式登用する算段だ。ただし、タイミングを早まったり能力を過剰評価してストレッチ登用してしまうと、本人がプレシャーに負けて潰れてしまうこともあるので、上司としては細心の注意を払う必要がある。
Internal Transfer(社内異動)という仕組みも特長的だ。本人が希望すれば、部署を異動する門戸が常に開かれている。以前は入社後1年を経過しないと異動できる資格が得られなかったが、現在では入社してすぐの社員でも希望を提出し、異動することがルール上可能になっている。もちろん、希望しただけで異動が認められるわけではなく、社内異動であっても、外部からの採用プロセスと同様に定められた面接を受けて、合格し、そのハイアリング・マネージャーから採用される必要がある(関連記事『1000人面接し、採ったのは50人…アマゾン「社員採用」の基準』)。
システムエンジニアのような専門職はさておき、マネージャーやシニアマネージャーなど大きな部門を統括していく管理職となるためには、ゼネラリストとしてさまざまな職分を経験しておくことが有効だ。その必要を理解している社員は数年毎に積極的に異動の希望を出して、多様な部署で働くチャンスが用意されているのである。
異動の範囲は日本法人内だけでなく、米国本社をはじめとする海外拠点に異動することも能力があれば難しくない。アマゾンジャパンでも米国、ヨーロッパ、中国から多くの社員がこの社内異動制度を利用して日本で勤務しているし、逆に日本で採用された多くの社員が他国で勤務している。
新人の採用は直属の上司が担当する。せっかく時間とコストをかけて採用した新人が1年も経たず他部署に出て行ってしまうのは上司としては痛手だが、それを遮(さえぎ)ることはせず、その人のキャリア開発を一番に考え上司が後押しするべきであるというのが会社としての方針だ。
年初には直属上司と「ゴール設定」を行い、上司は定期的に「1 on 1」によってその達成をフォローしていく仕組みが徹底されているのも、アマゾンの特長的な点といえる。
設定するゴールには「SMART」があることが求められる。つまり、「S=Specific(具体的であること)」「M=Measurable(測定可能であること)」「A=Achievable(達成可能であること)」「R=Relevant(会社及びチーム目標に関連している)」「T=Timebound(明確な達成時期を定めること)」という五つの原則にかなったゴール(目標)であることが必須である。
各社員のゴール設定は一つではない。「自分が担当するサービスの顧客数を1万人増やす」「品揃えを10万から15万にする」といった業務に直接関わる目標もあれば、「英語のレベルを上げ、グローバル会議でリードできるようになる」といった個人的スキルの向上など、さまざまな目標を設定し、定期的に上司に報告、相談しながら、期限内での達成に向けて進めていく。この方法は簡単なので、すぐにでも取り入れることが可能なのではないだろうか。
相談をしたい相手には「1 on 1」のリクエストが徹底
ちなみに私がマーケットプレイスとアマゾンビジネスを統括していた4年間は、日本国内に直属上司がいなかったので、毎週、アメリカ本社の上司である米国以外の海外ビジネスを統括するバイスプレジデントと電話で「1 on 1」を行っていた。
上司が日頃そばにいれば、会う機会、説明する機会も多いのだが、このような関係だと、限られた時間の「1 on 1」を効率的に進めるために、私は、毎回、事前に「今日のトピック」をリストアップし、さらに報告と決裁に分けて議論していた。その中に、ときには自分のゴールの進捗についても含めていた。
また、もちろん、職級や肩書きはあるのだが、日本企業でよくあるように上司を「○○部長」「○○課長」などといった肩書き付きで呼ぶことはない。新人から管理職に至るまで、アマゾン社内におけるこうした仕組みは公平で、濃密なコミュニケーションが仕組みとして定められていることで、とてもフラットな人間関係が浸透している印象だった。
とはいえ厳格なヒエラルキーは存在し、たとえば私が統括していた部署の数百人のメンバーの中には、私が雲の上の存在で話しづらいと感じていた人がいるのも事実ではある。ただ、私もそうだったが、自分がアプローチして何らかの相談をしたい相手に1on1のリクエストをすると、必ず受けてくれるという文化がある。
私の場合は、本社のコンシューマー部門(小売、マーケットプレイス事業)のCEOに1 on 1をリクエストして、訪米の際に会って相談したこともある。比較的フラットな組織をどのように利用するかはその人次第で、それによりパフォーマンスに差が出てきてしまうのである。
アマゾンはそのような仕組みは提供するが全部を丁寧に、やさしく、親切にお膳立てしてくれるわけではない。その仕組みをどう活用するかはその人次第で、自分から積極的に行動することが求められる。要は静かに黙っている、行動しない、目立たない人は評価されないのである。
このように、目標が明確で、優秀な人材の成長をサポートする仕組みが用意され、昇進へのモチベーションを高めていることが、アマゾンの急速な成長を支える一因にもなっているといえるだろう。
星 健一